サドカスガジンジャノウブタイホゾンカイ
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| 所在地 | 〒 |
|---|---|
| カテゴリ | 歌舞伎・伝統芸能 |
| 公式サイトURL | http://aikawa-kasuga.main.jp/ |
| 設立 | 2009年 |
| 受賞歴 | |
| メンバー | |
| 活動紹介 | 能舞台移設事業 趣意書 能舞台移設事業を企画し実施するにあたり、春日神社にまつわる能の歴史をひもとき能舞台の復活と 伝統芸能継承の一端にいたしたく、皆さまのご協力を要請するものです。 慶長九年(1604)初代佐渡奉行・大久保長安は奈良から二人の能楽師を召し連れ佐渡に来ました。 武田信玄の猿楽師大蔵次部太夫の末子として生まれた長安は、能役者でもあったため、能に対する 理解は相当のものであったといわれます。 慶長十年(1605)八月、長安は社殿・拝殿を寄進し、鹿伏村に春日神社を健立しました。元和 五年(1619)現在の下戸村に遷宮し、正保二年(1645)下戸町の加賀六左衛門の寄進により、 春日神社に佐渡で最初の能舞台が建てられ、神事能が行われるようになりました。 召し連れてきた二人の能楽師は、当地に土着しその末裔たちが受け継ぎ、春日神社から佐渡の演能 の歴史が歩み出しました。 佐渡の能が神事能として始まったことは、現在の能舞台のほとんどが神社拝殿と舞台を兼用してい ることから察しられます。 初めは、武士の教養として演能され、演ずるは奉行所の役人でしたが元禄以降庶民にも能が盛んに なり、村々では鎮守様の祭りの場へと広がっていきました。 農家の人々が畑仕事に謡を口ずさむ日常は、大町桂月が「鶯や十村の能舞台」と詠んだ句そのもの の風景といえ、「おらが舞台」として小さな集落にも能舞台が造られ守られてきました。 かつては島内に二百もあった能舞台は、現在三十二となってしまい、春日神社の能舞台も、明治の 初頭には消滅してしまいました。 武家のものであり格調高い芸能とされていた能が、佐渡では庶民の演ずる能となり、長い歴史のな かで子々孫々、質の高い伝統芸能として継承してきたことは佐渡人の活力であり、今なお「能の島」 として名高いことは佐渡ヶ島の誇りであります。庶民の手でつくり上げられてきた伝統ある佐渡の能。 その発祥地である春日神社に能舞台を造る取り組みは、皆様のご協力により完成いたしました。 ここで、ご協力下さった方々にあらためてお礼申し上げます。 平成二十一年三月吉日 春日神社能舞台保存会 |
| 問い合わせ先 | motomu-i@e-sadonet.tv |