人は海の中で呼吸できるようになったが、
声を出さずに思いを伝える術は、まだ持ち合わせていない。
日本によく似たどこか。おそらく近未来、と思われる時代。
人々は海の中で生活できる技術を手に入れ、
政府は「海へ住もう。」をスローガンに、海底ハウスへの移住キャンペーンを打ち立てた。
物好きは海底住宅を面白がったが、生活環境が違いすぎたせいでキャンペーンはあまり浸透せず、深海はまだ閑散としていた。
新開一家は、地上の家を捨て、三年前に深海の住宅に移住した。
海水に浸かる生活にもだいぶ慣れたが、
時々息苦しくてかなわない。
「ねえお父さん、人工エラ替え時じゃない?」
海の中で暮らす家族の、波間漂う一年間の話。