満足度★★★★★
初日は約3時間半(カテコ&休憩含)。感動しっぱなしでほぼ泣きっぱなし…。1945年春の広島が舞台。戦争、原爆を描くだけでなく実は、井上ひさし戯曲ならではの劇中劇で、俳優、演劇の素晴らしさを教えてくれる。出演者は皆セリフを自分のものにしていて、全力で客席に届けようとしてくれていた。客席もそれに応え、劇場が幸福に満ちているように感じた。生き生きとした晴れやかなアンサンブル、心を通じ合わせる清らかな合唱、“下手な演技”でバカうけの劇中劇、そして宝塚愛♪
本棚から戯曲本を引っ張り出してセリフを再読しまた涙。鵜山仁演出版のこまつ座での上演は10年振り4度目。でも鵜山さんは俳優養成所などで頻繁にこの戯曲を使っているそう。隅から隅まで知り尽くした演出と思う。
芝居とは何かを説き天皇の戦争責任に言及するこの戯曲は、新国立劇場のこけら落としに書き下ろされた。演技についてプロの俳優が舞台上で実技&講義する仕掛け(笑)。若い俳優さん是非!
満足度★★★
初見
再再演らしいが、今回が初見。
井上氏とこまつ座を当時から支えてきた思われる年代の観客が多く見受けられた。
実在した櫻隊に絡め、歌を交え芝居を作るが、次第に戦争の責任や功罪などが浮かび上がってくる。ホテル関係者とその利用者がみな善人、というか真っ当な人々の中にあって、唯一ヒールな役割である針生がその中で馴染む過程も面白い。
割と単調な一幕より、二幕めからの某歌劇団の例えに笑って見ていられるも多少ドタバタ感が強めに出ていたような。
尻切れになってしまう合唱場面に、戦争と人にまつわる惨状は訴えるより伝えていくのが生きる者の務めなのではないかなと思ったり。
ちゃんと台本読めっ!
★…無星
初演は、新国立劇場の杮落とし公演として、故・井上ひさしの書き下ろし。
キャストは、神宮淳子が森光子、長谷川清が大滝秀治であった。
その後、神宮淳子を宮本信子にして再演。
アタシは、どちらの公演も観ている。
台本も買って愛蔵するほど大好きで、初めに購入したのは二つに割れて、現在は2冊目を愛読している。
今回の公演は、最低の出来。
ま、今回が初見だったり、作品を活字で読んでない方にとっては、それなりに楽しめる???のかもね……(謎)
あのねー、この程度の公演しか提供できないなら、いっそ再演なんかしないで欲しい。
あと、この程度の公演しか提供できないなら、こまつ座自体も先が見えてると思う。
だって、作品に対する真剣味や敬意や愛着が全く感じられないだもん!
「台本が良いから誰に演らせても、客は喜ぶっしょ!」くらいのノリで作ってないか?
作品を理解して、登場人物の性質や役割も理解して、これを演じられるだけの表現力のある俳優を連れて来るのがキャスティングなわけでさ。この俳優に、この役が出来るかどうかの篩がまったく機能しててないんだよ!昔のこまつ座は、この篩にかけてキャスティングしてたんだよね。
昨年末にNHKでやった「きらめく星座」にも言えるけど、冗談交じりの笑える科白を大真面目に言ったり、逆に大真面目に言って笑いを獲る科白を完全に殺しちゃったりと、台本分析の甘さからくる空振りが目立つ。
しがらみを優先してキャスティングを疎かにしたり、クオリティーを下げるなら、間違いなく観客に見離されると思う。
井上ひさしが描くのは、不器用でどこか憎めない。一生懸命やればやるほどなんか笑えちゃうみたいな愛すべき日本人の姿だと思う。
こういう登場人物を演じるには、ユーモアの解る俳優じゃなきゃダメでしょ!
最近のこまつ座は、この点を理解していないんだなぁ〜。
ひとつの科白を書いちゃ消し書いちゃ消しで、いつまでたっても台本が上がって来ない。練りに練った名作でならし、「遅筆」でなかせた井上ひさしも、これじゃあ泉下で泣いてるよ!
満足度★★★★★
若者よ、選挙に行こう!
戦争が起こったら、誰が武器を持つのか?それは若者であり、我々一般人です。井上氏の舞台を観る度にそれを思います。今回は、原爆投下の3ヶ月、2ヶ月前くらいの広島を舞台にさくら隊とよばれた役者さんたちをモデルにした舞台でした。魂のこもった舞台でした。演じる役者さんたちに気負いは無く、そこに生きている、そこに息をしている彼らでした。
だからこそ、胸に迫るものが大きかったです。
自分の息子が、孫が、甥が、娘がたちが人を殺すのも殺されるのも想像したくないです。若者よ、自分の未来を守るために、自分の未来を老人たちの手にまかせてはいけない!あの時代に戻ってはいけないです!!!