この上のない下水筒 公演情報 この上のない下水筒」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.6
1-8件 / 8件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2026/06/15 (月) 15:30

    価格3,800円

    劇が始まって以降、舞台と客席を包み込む空気感が、
    いい意味でピリッとしていました。
    役者さんの台詞の抑揚・間の取り方・主張する照明…
    今までに経験したことのない空気感でした。

    朝倉くんが急逝したあと、
    中学校の同じ部活だった同級生4人が集まります。

    思い出話に花が咲く…といったのどかな感じは全く無い。
    むしろ、朝倉くんと部員たち、そして部員同士の間に
    当時さまざまな思いや感情があり、感動や共感・すれ違いや悲しみの
    あったことが明らかになります。
    そしてそれらは、現在進行形でもありました。

    話の流れや台詞に抽象的なところは全くないのですが、
    全体的にかなり抽象度の高い作品でした。
    観たあと、自分の中で消化する(咀嚼する)のに時間のかかる劇でした。
    咀嚼した結果、タイトルの「この上のない下水筒」が持つ意味が分かる
    ところまで行ければいいのですが、まだまだです。

    質の高い、イイ劇を観せていただきました。
    ありがとうございました。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2026/06/16 (火) 19:30

    初コトリ会議。なんなんだろう…。だから演劇って面白い!と再確認できた作品でした。たくさん想像した、できた。また観てみたいなぁ

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2026/06/12 (金) 19:30

    コトリ会議『この上のない下水筒』
    実際に拝見したのは 6月15日 CoRichのシステムではスケジュールには複数回の記載ができず、1回のみしか掲載できないので、初回拝見した初日ではなく3回目を拝見した感想を書き込ませてもらいます。

    3回目でしたが、まだ気付きが結構あって驚いた。それも根幹に関わる部分で。集中して見ているのだけど、濃密で錯綜していて探り切れないことも大きい。
    そしてアフタートークの文学座 演出家の稲葉賀恵さんの話に超納得。能を思い浮かべたとおっしゃっておられたのですが、能楽は思い浮かんでなかった。確かに橋掛かりは下手と上手の違いはあるけど、舞台美術がアパートの部屋で、その出入口が橋掛かり的なのでした。なる程、言われてみればそうだ。コトリ会議としては意図はしておられなかったのじゃあないかと思うけど、この話は、幽玄、死と生の境い目が描かれていて、正にそうだなと納得。稲葉さんのコメントは他にもなる程と頷き放しでした。

    アフタートークがあることは存じ上げてなく、その意味で期待してのことではなかったけど良かった。

    そしてアフタートークに稲葉と面識があるからということでだと思うのだけど、参加された劇団員の原 竹志さんの話から山本正典戯曲/演出の組み立て方の一端が判って、コトリ会議の非公式オブザーバーとして 笑、正に俺得でした。

    アフタートークを聞きながら、この戯曲の細やかさ、演技の在り方が、やはりそうだよなと裏付けできた。

    上演自体、3回目で気付いたことの思いが落ちて来て泣きました。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2026/06/15 (月) 15:30

    90分。休憩なし。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    コトリ会議が素敵だな、と思う理由の言語化はうまくいかない。でも、ローザスやショスタコーヴィチを好きな人には好まれる余白がある気がする。強いて言うなら枝の上にとまる小鳥たちの囀りが、宇宙人の地球侵略か李白の詩についての批評のように感じるこころの余裕のある人に向いている気もする。

    繰り返すが、完全に同じではない。

    やがて消えていく…

    言うと詩的で、それこそショスタコーヴィチやローザスや李白のようでもありますが、ガジェットは藤子不二雄的でフィジカル会話劇なゆるふわ構造ホラーだと思います。

    途中で急な反転(詳しくは書かないが)があったりして思わず

    『李白かよ!』

    と思わず心無い観客なら突っ込んでしまいそうな部分もあるが…自分は大人なので、そんな突っ込みはしない…(苦笑

    過ぎ去ったものは、似たものがたまに通り過ぎる気がするが、同じではない、やがてすべてが消える…ローザスでありショスタコーヴィチで李白で、時たま藤子不二雄ですかね。薔薇の花のようと言ってもいいですが。

    ネタバレBOX

    今回みたいな唐突に現れ消える系の急な夢オチの登場で

    『…李白かよ!』

    とかはもっと広まっていい気がします。ここで

    『ケラ(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)かよ!』

    とかやってたら『コイツバイトしながら岸田賞狙ってるな…というかそもそもケラってそんな夢オチやってたっけ?やってそうだけど』みたくなりそう…というか実際に見たらわかるんですが、この夢オチのくだりそのものが今の内容なんですよね…(苦笑 このあたりからでもゆるふわ構造ホラーというのが汲み取れそうな。

    全然ネタバレにするほどの内容ではないが…すんま村(そん)

    補足…

    ショスタコーヴィチとかローザスといったのが、雰囲気が似ているというよりかは、脳の使い方というのが伝わればとも思うのでの補足。李白とかは見れば分かるとおもう…

    ここで言っているショスタコーヴィチやローザスは、
    「この舞台の雰囲気がショスタコーヴィチっぽい」とか、 「ダンスみたいだった」とか、
    そういう表面的な話ではないんです。

    むしろ、

    この作品を見るときに使う脳の回路が似ている

    という。

    例えば普通の物語だと、
    観客は無意識に

    誰が正しいのか
    何が起きたのか
    結末はどうなるのか

    を追うと思います。

    つまり因果関係を追跡する。

    ところがショスタコーヴィチの後期四重奏を聴いていると、途中からそういう聴き方が破綻する。主題を追うより、

    あれ?
    今の音、前にもいた気がする
    とか、

    なんか記憶が刺激された
    とか、

    そういう聞き方になる。

    ローザスも同じで、
    振付を理解するというより、

    同じ動きに見えた
    でも違った
    とか、

    さっき見た気がする
    とか、

    身体の時間の流れを感じる。

    つまり、
    「答えを求める脳」から、
    「差異や残響を感じる脳」

    へ切り替わる。

    コトリ会議を見ながらやっているのも、それです。

    普通なら、
    この女性は生きているのか死んでいるのか
    を解こうとする。

    でも途中から、
    生きているかもしれない
    死んでいるかもしれない
    という状態そのものを眺めている。

    仮の朝倉君についても、
    本物なのか偽物なのか
    ではなく、

    朝倉君のようで朝倉君ではない
    という揺らぎを楽しんでいる。

    だからショスタコーヴィチやローザスという比喩は、
    作品内容の比較というより、
    鑑賞モードの比較
    なんだと…。

    ここで例えば『異人たちとの夏』
    (手近な例としての死者との夏の日の邂逅という意味で)
    を対比して構造化
    (…異人たちとの夏は死者は昔と変わらない姿だからひと目でわかるが、こちらでは変わっているから直ちに判別不能…みたいな…そもそも登場人物の誰が死者とも作品中では確定しない)
    しようとすると、なんかあまり良くない…みたいな(苦笑

    ※【補足】この時点で解釈は成立するが、成立した瞬間に少し嘘になる。…まるで仮のあさくらくんのように。
    これは本当にショスタコーヴィチやローザスだと思う。

    前と同じ音が始まる。

    美しいが、前と完全に同じ音階ではない。

    やがて消えていく。

    もっと極端に言うと、
    ミステリーを解く脳ではなく、
    詩を読む脳なんです。

    ただし李白の詩を「意味」で読むのではなく、
    月を見ているうちに昔の友人を思い出してしまうような読み方。

    以前に聞いた曲と同じ主題が浮かんだように聞こえるが、音階が違う…と思う間に消えていく…
    という事象も、
    実は作品のテーマを説明しているというより、
    自身が作品を受け取るときの脳の動き。

    何かが戻ってきたように感じる。
    確認しようとすると違う。
    その違いを感じているうちに消えていく。

    ショスタコーヴィチの後期四重奏を聴くときも、
    ローザスを見るときも、
    今回のコトリ会議を見るときも、
    たぶん
    「これは何か?」
    ではなく、
    「これはさっきの何かとどう違うのか?」
    を追っている。
    そしてその差異を追っているうちに、作品のほうが先に去っていく。

    だから解釈よりも、時間の感触が残る。
    その意味で、ショスタコーヴィチやローザスは作品の類似ではなく、
    世界を眺めるための脳の姿勢の類似
    なんでしょう…🎻🩰🐦🌙

    だから、知らない人には突飛な連想に見えても、
    自分の中ではかなり自然な接続なのだと。

    自分も
    『誰かを待ちつつ来ない感じがゴドーっぽい』
    とか、
    『不穏な感じがケラっぽい。ポップだけど』
    のほうが伝わりやすいとは思います。

    でもそれは僕っぽくない。

    自分が一番最初に思い浮かんだのはショスタコーヴィチで、ローザスとか李白ですから、その直感に従って観劇を楽しんだ時間の過ごしたかたを描写してみました…おそ松さまでした(苦笑


  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    コトバグリで出会った民なわたしもこういう現代設定の中でのコトリ会議が好きかも。
    文学的で視覚以上に言葉で魅せる。
    今目の前で観てるものはひとつひとつが暗喩なんではないかと。
    そんな思考の海を揺蕩うのに流れ続ける雨音は極上のゆりかご。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    扇町ミュージアムキューブ

    この劇場に来るのは先月初めて行って2回目!
    今回はCUBE02
    ここで観劇する機会が増えそう!

    台詞に変なワードや
    個性的なキャラが次々と出てくる。
    独特なコトリ会議の世界観。

    故人の若かりしと頃を懐かしんで
    様々な人間模様が見えてくる様が面白い。
    前半は終始ニヤニヤしながら観ていた。

    私たちが創造できない
    独創性のある脚本は脳を刺激されます。
    それを演じている役者さんの演技も面白い。
    これだからホント!クセになる劇団!

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    コトリらしい作品
    ゴミ拾い部ってからはじまり、約40年ぶりにお通夜に集まった部員達の会話劇
    当時の恋愛関係や、引きこもりの原因を回想しながら話は進む
    リアリティには欠けるが、それなりに楽しめた

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