かわいけりゃいいってもんじゃないが、かわいくないよりはかわいいほうがいい。ただ、本音を言うと、かわいいかどうかは割とどうでもいい。かわいいほうがいい、というのは、どうせ牛丼を食うなら味噌汁もついてきた方がハッピー、くらいの意味でしかない。我々は芸事をやっているのだ。
例えば百花亜希を例にとって考えてみよう。あちこちで散々わめきちらしている通り、僕は彼女にぞっこんで首ったけである。ぞっこん、とか、首ったけ、なんていう恥ずかしい日本語を使っても耐えられる唯一無二の存在が彼女だ。彼女の魅力はかわいさだろうか。考えてみよう、もし彼女のツラが谷亮子だったとして、それでも僕は彼女にぞっこん首ったけだろうか。
議論が難しくなってきた。僕は百花亜希の役者性に惚れ込んでいるが、しかし顔が谷亮子となると話は別である。かなり厳しい。ちなみに偶然にも僕の苗字も谷と言うが、あのオリックスの野球選手が何の気まぐれか配偶者にYAWARAを選んだことを、僕は酷く憎んでいる。スポーツ新聞であの柔道ブスの顔=谷と表示されているのを見ると胸がムカムカする。自分だけでなく、谷家の一族郎党すべてが見下されている気がする。谷はブスだ。
こうもブスブス書くと、谷賢一という奴は何て非道な奴だと怒り出す諸兄もいらっしゃるだろうが、ここでイラっと来たり、不道徳さを感じたとしたら、あなたの方こそが「かわいいことが至上」という管見に陥ってはいまいか、問い直すべきである。YAWARAはあれだけ柔道が強い努力家で、幸せな結婚と出産も成し遂げたできる女である。ブスは身体的一特徴に過ぎない。猫背とか、切れ長の細い目とか、もっちりとしてそれでいてなめらかな柔肌とかと同じ種類の形容に過ぎない。ブスと言う=侮蔑ではないのだ、と声を大にして言いたい。だってそうだろう、ブスだからといって、YAWARAの価値は一つも損じられない。
しかし、しかしだ。百花亜希がブスだったら、どうだろうか。ああ、これはきつい。ブスでもYAWARAが優秀な柔道選手であるのとはやや事情が異なる。しかし僕が百花を愛しているのは、柔道に例えるならば、彼女の一本背負いの鮮やかさであったり、受身のしなやかさであったり、組み手でとにかく強いとか、柔道着からいい匂いがするとか、そういうところから発しているはずで、決してツラではない。わかっておくれ、ツラではないはずなんだ。
しかし百花がブスならば。しかし百花がYAWARA顔だったのなら。果たして僕は百花亜希という人間にこれほど執着するだろうか。結論は自明である。たぶんしない。ややこしいことになってきた。
どうやら柔道においてはブスであるということは「別にどうでもいい」レベルのことだが、俳優にとってはブスであることは「いろいろ致命的かつ残念」という結果を撒き散らすことになりそうだ。しかし、断じて「かわいいんだから、いいじゃない」とは言いがたい。可愛いだけのヘボ役者なぞ、客寄せに使い何度かセックスしたらポイと捨ててしまえばよいのだ!
しかし、ああ、しかし、「かわいいんだから、いいじゃない」は、何かどこか、説得力のある言葉だ。かわいい百花亜希が台詞を噛んだり飛ばしたりしても、まぁ、愛嬌になってしまう。まさに「かわいいんだから、いいじゃない」現象だ。しかしYAWARA顔の百花亜希が同じ過ちを犯したら、多分僕は「そういう初歩的なミスしてんのは役者として恥ずかしいだろ、え? やめちゃえよ」レベルで叱責するだろう。あああ、わからなくなってきた。
そうか、そうなのか。僕は冒頭にこう書いた。「かわいけりゃいいってもんじゃないが、かわいくないよりはかわいいほうがいい」と。これは間違いのようである。「かわいくて当然」なのである。舞台に立つ物たちは。あえて名誉のために言っておくが、僕は動いているYAWARAは決してブスではないと思っている。顔の造作は悪いが、愛嬌やコミュニケーション能力があるので、イラッとは来ない。そう、かわいい=顔がいい、ではなく、愛嬌や人間的魅力が滲み出てこその「かわいい」なのだ。そのことを踏まえた上でもう一度、「かわいくて当然」。
しかし「かわいくて当然」の役者たちの中において、百花亜希のかわいさは群を抜いている。かわいすぎて逆に狂気を感じるくらいだ。ぬいぐるみが家の近所で横断歩道を渡っていたら僕らは何か異常なことが起きていると察知するだろうが、つまり百花亜希はそれと同じことである。あんなものがいけしゃあしゃあと横断歩道を渡ったりコンビニエンスストアに入ったり、あまつさえエレベーターのボタンを押したりしているという事実! 恐ろしい。
百花亜希を想って、ここにイエイツの詩を引用する。
ああ、神の神聖な火の中に立つ聖人たちよ、
壁に描かれたあの金色のモザイクにあるような聖人たちよ、
神聖な火から出てきて、コーンの中を旋回せよ、
そして私の魂の歌唄いの先生になってください。
私の心を燃やし尽くして下さい、私の心は欲望に疲れ、
死にゆく動物の体に結び付けられ、
自らが何ものかを知らないからである。そして私を
永遠の匠へと招き入れて欲しい。
公演うまくいくといーね、なっちゃん。焼き鳥もってこい。