公演情報
「『サロメ奇譚』」の観てきた!クチコミ一覧
実演鑑賞
満足度★★★★
ペヤンヌ・マキの新作という事で発売後速攻予約していた。観劇前に発券をしたチケットの価格を見て思わずおやまァであったが、サロメ役が朝海ひかるだと遠目で判らず後で気づいた時もおやまァ、であった。この舞台は話を日本の風俗界に置き換えたのみでほぼ「サロメ」であった。
O・ワイルドの翻訳を随分前に読んだ時は、話のシンプルさと残酷さに得も言われぬ感覚を味わった。接吻をしたいから預言者の首を切ろ、とはどういう心理が言わせる台詞か・・自分の知識や経験を総動員したがサロメの「心」のカタチは想像の外。ただ、「人間を信じるべき」とは願望に過ぎず人間の肯定的な可能性を保証する根拠など無い、という真実を突きつけられたのは間違いなく、つまりサロメは擦れた成人ではなくもっと無垢な存在と理解した。
本作でもサロメは箱入り娘(母の)で生娘で、恋を知らず達観した氷のような透明な顔で佇む女性が預言者ヨカナーンを見た瞬間(正確には声を聞いた瞬間)初めて時めく少女となる。だが翻案に難があり、残酷さへ収斂して行かない。
この翻案はヘロデに当る人物を「風俗王」即ち界隈の実力者に過ぎない者とし、古代の国王(ローマ帝国支配下の一地方の総督に過ぎないにしても)とは権力の桁が違う。この桁違いの所へ持ってきて、ベンガル演じる王は兄を殺して社長の座に就いた事になっていながらそれは後妻となった元兄の妻(松永玲子)にそそのかされたからだという。ハムレットさながらの悪役かと思いきや、芝居の冒頭では絶対権力者的に振舞っていながら途中から弱々しくなる。後妻の前で臆面もなくその娘に色目を使い、それが公然と許されるような権力が現前していてこそ、サロメの要求は王を打ちのめす残酷なものになるのに。。「サロメ」の要素が殆どであるこの舞台では、翻案がそのエッセンスを薄めただけになってしまった。(強い原作をいじる難しさに正に直面したという事ではないかと勝手に想像。)
朝海ひかるのサロメは無垢な娘に見えづらかったが(風貌はともかく動きや踊りが)、コメディ調を狙えばそうなるだろうとも。
だがコメディ要素を入れるなら、それと残酷劇とを峻別し、大胆に転換する、あるいは原作を徹底的に茶化してパロディるか、どちらかに寄れなかったな、というのが正直な感想。ゴージャスな舞台ではあったが。
実演鑑賞
満足度★★★★
朝海ひかるさんの芸能生活30周年記念作品、去年年末結婚もされたので長年のファンからは祝福の舞台となった。とにかくこの人のファンは幸せで、未だに女学生のようなサロメ(設定では32歳)が雷に打たれたような恋に身を震わせ、下着姿でバレエを舞う姿に見惚れることが出来る。どんな役でも成立させてしまうこの天才女優は内面から染み出した心のかたちが姿形を段々と覆っていくよう。元宝塚男役トップスターから、近年は井上ひさしの戯曲に多く出演。喜劇からシリアスから作品に準じて初めからそんな人だったように存在する。
新約聖書の『マルコによる福音書』に記されている実話がモチーフ。イエス・キリストに洗礼を授けた洗礼者ヨハネ(ヨカナーン〈ヘブライ語〉)は後に救世主の到来を告げた“先駆者”と呼ばれることとなる預言者。古代パレスチナの領主ヘロデ王の妃ヘロディアを非難した罪で獄に繋がれた。妃の娘、サロメが宴の席での見事な舞踏の報酬として彼の首を所望する。
この逸話を19世紀フランス、耽美主義文学者オスカー・ワイルドが戯曲化。そのドイツ語訳をリヒャルト・シュトラウスが曲を付けオペラ化。世紀末芸術として喝采を浴びた。
更に今作は舞台を現代日本に翻案。風俗王と呼ばれる悪趣味な社長(ベンガル氏)、その妻(松永玲子さん)、娘のサロメ(朝海ひかるさん)、忠実な側近(東谷英人氏)、落ち目の幹部(萩原亮介氏)、チャラい若手社員(伊藤壮太郎氏)、そして謎めいた預言者ヨカナーン(牧島輝氏)。
かなり喜劇風味、現役JKのような妄想に塗れたサロメの純愛がおかしくて哀しい。