サラサーテの盤 公演情報 サラサーテの盤」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.4
1-7件 / 7件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    構成の素晴らしさに感嘆。これを1990年代に30歳前半で完成されたというのは偉業。演出も素晴らしかった情景が色濃く鮮やかで情緒豊かで…永い旅を共に終えた気持ちがします。とても良かった。観に来て良かった。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    内田百閒の短編小説等を元にした、ウチダを取り巻く人達の日常が描かれた作品だが、皆が愉しそうで、ほのぼのした。
    偏屈なウチダの周りには、何故か人が集まり、そして人が亡くなり、どこまでも人は優しく、人の出会いと別れに涙が…
    今迄観た大竹野作品で一番好きかも!

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    観劇の日を楽しみに待っていました。大人の演劇ですね。1994年初演以降、再演されているそうですが、私は初めてで、年齢的に今がちょうど観るのによい時期だったのだと思います。また10年後くらいに再演お願いします。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    これと言ったストーリーは、ない芝居
    だけどなんだ この感じは、
    シーンで共通に使われる言葉
    時間が交錯してる
    走馬灯
    頭がデカく見える
    脈絡がない夢
    観終わった後に湧き上がる ぞわぞわ
    私は死ぬその時に、自分のこれを観ると思う。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    原作とは少し違っているサラサーテの盤でした。
    舞台のほうが話が分かりやすいように思えますが、夢うつつな内容の原作に近い作品も見てみたかった。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    好きな劇世界、ツボであった。思い出したのは名取事務所「背骨パキパキ回転木馬」。新作オファーに別役氏が(病体を押して)書いたよこしたのは自身のエッセイのコラージュと言えるもので、ペーター・ゲスナー氏がうまく舞台化していて秀逸であった。明確なストーリーのある劇ではないが、脳内の思考や空想のように一見文脈はなくてもどこか深層で繋がっているようなのが好きで今回の舞台にもその要素がある。
    大竹野正典作品はコットーネ主催公演で6、7本観てきたが本家のくじら企画では初めて。大竹野戯曲が持つシリアスと飄然の狭間の絶妙な具合が十二分であり、さすが、魂を受け継いでるなァと感ずる。
    作品は内田百閒を描いた異色作との事だが、内田氏の親友とのエピソードを軸にしながら(評伝というより百閒作品自体が出典と推察)、他の作品を織り交ぜて「百閒世界」という感じ。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』が大好きで、それを期待して観に行った。
    内田百閒(ひゃっけん)の短編小説『サラサーテの盤』。
    1904年にレコーディングされた『ツィゴイネルワイゼン』、作曲家サラサーテ本人がヴァイオリンを弾き、フアン・マネンがピアノの伴奏を。3分30秒辺りでサラサーテ本人のものと思われる謎の声が入っている。(伴奏者への指示とされている)。
    主人公の長年の親友が亡くなり、遺された妻が生前旦那が貸していた物を返してくれと訪ねて来る。その中の一つがサラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』のSPレコード盤。すぐには見付からず、探しておくと主人公は言う。

    主人公ウチダ役の戎屋海老(えびすやえび)氏が奮闘。小日向文世や石橋蓮司を思わせるルックスでコミカルなマイムが絶品。夢と記憶の迷宮を彷徨い歩くような物語。どこかしら『銀河鉄道の夜』やつげ義春を想起する。「カラン コロ カラカラカラ」と頭上から音がする度にふと我に返るよう。ちぎりこんにゃくのことが頭から離れなくなる。

    ネタバレBOX

    難解。やっぱりちょこちょこ居眠りの人が散見。多分、生と死の境目に迷い込んでしまったお話。懐かしい死者達が生き生きと存在し、自分の記憶が頼り無く混在する。瓦の上を小石が転がるカラカラという音、庇を伝って庭に落ちたのだろう、音は途中で消えてしまう。(自分には丁半博打の壺振りの音に聴こえた)。人の一生を転がる小石の音に仮託してみせたのかも知れない。

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