STYX -瀬をはやみ- 公演情報 STYX -瀬をはやみ-」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 満足度★★★★

     会場入口側に頭を右下がりに置かれたグランドピアノ。ピアノ側面入口側に背凭れの無い木製ベンチが3台5㎝程横にずらしながら各々ピタリと寄せ集められている。ピアノ奏者は下手の席について演奏。ピアノの左下には同じ型のベンチが1台。他はフラットで一辺三尺と二尺、巾四寸ほどの板を寄木細工のように敷き詰めた床。ピアノを除き、他は総て木目の生地をそのまま活かしてある。下手壁の奥から出捌け、モネの睡蓮連作を模した一葉が掛けられた壁面、その手前はブース状になって音響・照明などのスタッフが入っている。客席は、グランドピアノと演者空間に相対する形で椅子が並べられているが中央に通路を取り、こちらも時折演技スペースとして用いられる。一幕三場。(追記2019.4.1 華4つ☆)

    ネタバレBOX


     因みにタイトルのSTYXはギリシャ神話に登場するステュクス、三途の川だ。渡し守はカロンである。また“瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ”は百人一首にも入っている崇徳院の有名な歌だからご存じの方が多かろう。 
    タイトルから類推できるギリシャ神話、更に日本神話、和歌、劇団名に含まれる犀も考えれば仏教思想等に関する古典的知識はあった方が良い。無論、近現代音楽(クラシックやオペラ、ポップス迄含めて)の知識も在った方が良いには違いないが普通の教養があれば充分楽しめる内容だ。グランドピアノの生演奏に声楽家と役者のコラボで上演されたが、無論ここには対比がある。音楽の持つ抽象性に対し役者の身体が持つ具体性が今作の演劇的構造の大枠を為している訳だ。ソプラノ歌手は女優に、テノール歌手は男優に各々対応しており、舞台設定は、死と生の境界領域であるから、オルフェウスの冥界下りの話が出て来たりダンカン・マクドゥーガルの魂21g説が飛び出したりと様々なfragmentが鏤められ、恰も空間を浮遊してでもいるかのようである。ギリシャ神話からは、オルフェウスが妻・エウリュディケーの生還を求めて冥界の王・ハーデースと后・ペルセポネーの面前で岩をも泣かせたとされる竪琴を弾き、決して振り返ってはならぬという条件で妻を連れ戻すチャレンジを許された話。日本神話ではイザナギが亡くなったイザナミを追って黄泉の国へ行くが、イザナミは黄泉の国の食べ物を食べてしまったからもう戻れないと答え、イザナギがなおも懇願するので黄泉の国の神に相談し、チャンスを貰う。だが、イザナミは何があっても決して覘いてはいけないと言ったのだが、イザナギは禁を犯し、怒ったイザナミに追われるものの、冥界と現世の通路を大岩で塞いでしまうという話である。
    単にタブーというより、女性の羞恥心を裏切ったイザナギを許せぬイザナミの女性(女神)心理は良く理解できるし、イザナギの都合主義も看過すべきではあるまい。まあ、物語としては、このような結末の方がハッピーエンドより訴求力があるからこうなる訳だ。何といっても神であれ人間であれ、他人の色恋などハッキリ言ってどうでも良い話ではないか! 上手くいってしまえば。却ってつまらない、と考えるのが人の性だ。もっと有体に言ってしまえば寧ろ大衆が望むのは、聖なる者、或いは地位や名誉を持つ者達が悲恋や悲痛な死を遂げることにより、意趣を晴らすことにある、というのがホントに近いのではあるまいか? そんな下世話な世界をオペラ風に演じることで、権威・権力を嘲笑う所にこそ、本来の演劇が持つエネルギーもあるのではなかろうか? 

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