SWEAT 公演情報 SWEAT」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.2
1-9件 / 9件中
  • 約2時間50分、休憩込み。2000年代のアメリカで、ある工場がリストラを敢行し、労働者はストへ。突然仕事がなくなり、行く場所を奪われる。明日は我が身と、自分ならどうするかと悶々とする。高さも奥行きも少ない舞台で、壁を移動させて様々な空間へ場面転換。ベースはバーで、上手側の空間が色んな場所になる。青年座劇場だったらどうなったかなと何度か想像した。

  • 満足度★★★★★

    とても楽しめました。アフタートークの小田島先生...シェイクスピアで著名な小田島家のお話もとても面白かったです!!!

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2019/03/06 (水)

    初日観劇。映画を生で、しかも吹替え版で観た!!というのが直後の感想。色々振り返ると、いやはやすごいわ。迫力もあり、「生きること」へのやるせなさや不甲斐なさがひしひしと伝わって来た。時代のために仲のいい友が敵になる。そうなりたくはないよね。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2019/03/08 (金) 19:00

    実際、海外で上演されたとき、場面転換はどのようにしていたのだろう。
    2000年と2008年との時空間を行き来するのだけれど、物語りの主軸は2000年で、2008年を描く冒頭と最後の場面を、2000年の背景で接続を図るという構造になっている。

    やはり、何というかアメリカの作品というのは、どうも乾いている感じがする。
    人間の感情が剥き出しになっているというか。

    登場人物に関する表記について1つ疑問?
    それぞれの出自について「イタリア系アメリカ人」「コロンビア系アメリカ人」「アフリカ系アメリカ人」と記載されているのだけれど、トレイシーやジェイソンは「ドイツ系白人」と書かれている。これは、アメリカ籍を持っていないことから、こういう表記になったのだろうか。トレイシーは代々、アメリカに住んでいるようなのだけれど。


    ネタバレBOX

    2008年、黒人警官ア―ヴィンと、8年の服役を終えたクリスとジェイソンそれぞれが対話する場面→クリス、ジェイソンがそれぞれに母親を訪ねる場面→事件が起きたバーにクリスとジェイソンが訪れ偶然に邂逅、オスカーとスタンに詫びる場面
    ジェシーの2008年は描かれないが、シンシアとトレイシーの今は、残酷なほどに対照的だ。子供たちの精神も同様に。

    それだけに、最後の4人の邂逅とオスカーが廃人同様のスタンの面倒を見ていることに、
    クリスとジェイソンが驚きと感謝を示す場面で、オスカーの「当り前じゃないか」と語る場面は、この物語にも救いはあることを端的に示している。ここまで溜めに溜めたものが、堰を切るように押し寄せてくるのを感じた。
  • 満足度★★★★

    製造業が海外へ流出していくグローバル化の時代に、アメリカ中西部の労働者たちの苦悩と不満のマグマをほとばしらせた舞台。親友だった3人の女性工場労働者(うち一人が黒人)が、そのなかの黒人女性の昇進から妬みが生れ、関係がきしみはじめる、そこに工場のメキシコ移転と人員整理・賃金カットが持ち上がり、その汚れ役を黒人女性が担わされて関係は完全に決裂。続いて息子たちに焦点が移り、かれらは工場移転やスト破りに対して暴力的な行動へ走っていく。そして……。

    2000年のスト騒動の1年間を中心に、つかみの「入り口」として、2008年に息子たちが刑務所から出てきた後日談をカットバックする戯曲の構成が見事だ。物語の展開も、人間関係の変化も簡にして要を得ていて、よくわかる。上に書いたように、芝居の軸が少しずつ(三段階に)ずれていきながら、全体として円環をなす。多少図式的なところはあるが、現実がそうなのだから仕方がないだろう。セットのチェンジが多いのだが、テンポを妨げなかった。スタッフさんお疲れ様でした。
    2時間50分(休憩15分込み)と、長いのだが、全く飽きなかった。

    ネタバレBOX

    観劇しながら、日本のことを考えた。と言っても、人種問題は日本では難しいな、というようなことではない。
    アメリカのラストベルトの白人労働者たちの不満がトランプ大統領を生んだという。しかし、彼らはこの芝居の登場人物のように、工場閉鎖に反対してストをやり、ピケを張りたたかっている。日本では、日産ゴーンが何万という人員整理をやっても、ストもピケも何も起きていない。

    もちろん、ジェイソンやクリスのように、アメリカの労働者たちは、たたかったが故の犠牲も大きかった。日本は解雇されてもまだ退職金積み増しや、転職先のあてがあって、追い詰められていないのだろうか。たたかうアメリカとおとなしい日本と、はたしてどっちがいいのか。彼我の違いを考えさせられた。
  • 満足度★★★★

    日本人の俳優が顔を黒く塗って黒人を演じることができない時代なのでしょうがないが、誰がどの人種なのか見た目ではわからないので多少混乱した。
    しかし、これは将来の日本の姿ではないのか、と思いながら観た。ついこの前まで、安い人件費を求めて企業は工場をどんどん外国に移していたし、最近は人手不足とか言ってじつは人件費抑制でどんどん労働者を外国から入れようとするし・・・。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞後に知りましたが、本作の舞台となったペンシルバニア州・レディングって
    「州内でみても貧困率は高い水準にあり、治安はさほど良くない」場所として
    有名で、「人口の37.31%はヒスパニック系またはラテン系」なんですね。

    参考リンク :
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0_(%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%8B%E3%82%A2%E5%B7%9E)

    ジョージ・W・ブッシュが大統領に就任した2000年と、ブッシュが大統領を退任し、リーマン・ブラザーズが倒産した「リーマン・ショック」発生の2008年を行き来し、グローバル資本の荒波に飲まれていくラストベルトの人々を描く骨太な作品です。

    ネタバレBOX

    2000年:

    勤続20年以上となる黒人のシンシア、ドイツ系白人のトレーシー、イタリア系白人のジェシーは、ドイツ系白人男性のスタンが支配人を務める「ハワード・バー」に集ってはバカ騒ぎをする仲良し3人組。

    シンシアの息子・クリスとトレーシーの息子・ジェイソンも仲がいいが、クリスは肉体労働で貯めた金で州の大学に進学する計画を抱いており、ジェイソンにはそれがほんの少し気にかかる。

    そんなバーを中心とした人間関係は、シンシアが管理職に昇進したことから亀裂を生じ始める。シンシアがたった一人の現場上がりの管理職として戦う一方、取り残された形のトレーシーとジェシーは彼女が「取り込まれた」のではないかと疑い、露骨に疑いをぶつけるようになる。

    疑心暗鬼が続く中、工場が人件費削減のため、メキシコ移転するに伴い、労働者の締め出しを実施。差別などに耐え、やっとの思いで管理職に就いたシンシアがその地位を捨てられないことを見越し、工場側はなんと締め出しの中心人物に彼女を指名。これにより、シンシアと残り2人の間の絆は完全に崩壊。

    締め出された労働者がストライキに入る中、工場側は代わりの労働者としてそれまで低賃金の仕事に就いていたヒスパニックを続々雇用。スタンの店に勤めるオスカーもその例に漏れず、よりよい賃金と待遇を求めて、街の人の憎しみもなんのその、工場の仕事にコミットしようとするが、ジェイソンがその前に立ちはだかって…。

    2008年:

    黒人警官ア―ヴィンを中心として、8年の服役を終えたクリスとジェイソンが告白を始める場面からスタート。

    クリスは結局大学進学を諦め、身元引受人となった牧師の下で求職中。すっかり信仰心篤い青年となり、事件を強く悔いる。ジェイソンは顔に入れ墨を入れたり、仲間と森の中でテントを張って暮らすなど、すっかり悪い関係に取り込まれた模様。

    工場は結局封鎖され、シンシアもトレーシーも失業したらしく、前者は清掃と福祉に就きながら、ジェイソン親子を憎み、後者はすっかりヤク中になり、出所した息子に5ドルしか貸せないと言い張るほど零落。2人とも狭くて、薄汚れたアパート暮らしになってるのが切ない…。

    アーヴィンの説諭で、2人は過去にけりをつけるべく、バーに向かう…。

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    これ、恐ろしいな、と思うのが、「労働者」と言っても、

    トレーシーとジェシー:長年街に住み、工場などの手仕事で稼いできた親世代を尊敬しつつも、排除されつつある。

    シンシア:長年街に住んでいる点は2人と同じだが、黒人であるが故に差別を受け続け、この状況から抜け出したいと管理職を希求する。

    オスカー:3人とは異なり、アメリカの永住権は持っているものの、完全な新参者。街の住民が代々就いてきた工場勤務からは排除され、清掃などの過酷な仕事しか就けず軽んじられてきたため、ストライキを好機とみて工場側に接近する。

    …といった具合で、幾つもの見えない「階級」があり、グローバル資本はこうした彼らの事情につけ込むようにして対立を作り、自らは稼ぐだけ稼いでいくという、いわば「支配と搾取」の構造がクッキリ浮き彫りにされていること。

    皮肉なのは、スタンが頭に一撃をもらって障がい者になった後、店を盛り立ててスタンの面倒を見てきたのが、「長年街に住んでいる住民」じゃなくて、新参者と見下されてきたオスカーだったことですよね。グローバル資本の接近も完全に悪いわけではなく、旧いものが消えた後、新しいものも生まれてきている、ということを感じました。
  • 満足度★★★

    役者さんのうまさは十分楽しめたが、やっぱりこれは
     アメリカ人のためのアメリカ人の物語
    なのだ。日本人が演じて日本人が観ることにどれだけの意味があるのだろうか。
    人種の多様性を表現できないし、全く異なる社会制度を役者も観客も理解できていない。この作品ではそれらが不可欠だと思う。

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2019/03/06 (水) 19:00

    座席1階

    熱量のある舞台だ。米国の作家による作品を小田島氏が訳し、青年座らしい完成度の高い戯曲に仕上げた。
    ラストベルトと呼ばれる、かつては活気があった工場城下町。移民国家アメリカでは誰もが夢を持ち、よりより生活を目指して働く。ところがITバブルが弾け、より労働単価が安いメキシコなどに工場を移転する動きが強まり、労働者たちは分断され、お互いの仲間を傷つけあっていく。うまく回っていたころはあまり表に出なかった肌の色による差別、中傷。仕事を後から来た移民に奪われる怒り、恐怖。社会は分断され、荒れ果てていく。
    実際の取材に基づくリアルな話だけに、迫力がある。外国人労働者を安価な労働力として受け入れようとしているどこかの国への、警句であるようだ。
    本来は青年座のアトリエ公演で行われる舞台だったと思うが、今回は下北沢駅前劇場の小空間で。しかし、初日の舞台はとにかく客席が暑かった。休憩込みで3時間に及ぶだけに、もう少し空調だけは何とかならなかったものか。とても引き込まれるいい作品なのだが、結構辛かった。

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