1001 公演情報 1001」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 約2時間15分。始まったかと思ったらすぐに終わってまた始まって、どんどん増えて瞬く間に消滅する。最後には清々しい気持ちに。新国立劇場での維新派、唐ゼミの上演を思い出す。国立の劇場が新たに開かれ、色んな人集まる場に。小川ラインアップ楽しい♪

  • 満足度★★★★★

    面白い面白いなぁ。素晴らしかった。

  • 満足度★★★★

    知る人ぞ知るカリスマ・天才と呼び声高い天野さんの作品。国立小劇場の新プロデューサーがファンなので呼んだそうです。いままでの作品のオムニバス的なものでしょうか。国立小劇場は広いですが、席はXX・X・A・Bなどとってるのでステージはかなり広く使ってます、客席はC1以降です。客層が高く50・60代のおじさん多し。芸術作品に近い舞台で、「わからせようと作ってない」との言葉通り難しい作品です。ただ、細部まで作りこんであるので、見ごたえあります。私は楽しめました。

  • 満足度★★★★

    広い新国立での少年王者舘。ペーターゲスナー氏が評したアングラ精神の現代の正統な継承者(系譜は違えども)がこの小屋を自ら選ぶ事はないだろう。一年前速報を見て驚いたと同時に不安も実はかすめたが、果たして、クオリティ落ちのない舞台成果であった。天野天街的演劇はどれを取ってもリズムや世界観が同じで、思うに天野天街の芸術、というものが内部で進化しており、その進化過程を眺めるという事になっているのだろうと思う。従って変わらない部分は何も変わらず、しかしその中で奇想天外な発想が新たに加わる事で更新されている。「1001」は私の知る少年王者舘の集大成であり、部分的には腰を抜かし、腹筋を揺らした。幸福な時間を過ごせた。
    新国立劇場で予め席を予約して観劇したのは初めて。初めてと言えば今回は新国立によるプロデュース公演でなく少年王者舘公演であり、(恐らく天野氏が出した条件だと思われるが)異例の事だ。

    ネタバレBOX

    少年王者館の作品は繰り返し提示される言葉やイメージがまず関連の無いもの同士として(場面のリレー的展開の途中に偶然のように)出て来る。それが別の経過を辿りながらもう一度、いや何度も反復され、別の繋がり方で出てくるという伏線回収が、音楽や速度が高まることで劇的瞬間を作る。途中の場面は別役実を髣髴するナンセンスなやり取りや天野流リレー台詞(台詞尻の音と次の台詞頭の音を重ねる)をループ状にした奇妙奇天烈なパッケージが絶妙で「降りて」来ないとこんな代物は作れない。数珠繋ぎの展開にカットインするのは映像であったり突如の暗転や客電が点いてのアナウンスであったり。その挿入素材も伏線に含まれ、正しく回収して行かねばならない。小芝居の成立と、音響・照明・映像効果は小さな小屋でこそのスペクタクルと思う所があったが新国立でも見事な精度であった。
    ただ一点、気になったのは終盤とラストに登場する定番の夕沈ダンスで、これも天野氏以上に手の内の決まったお馴染みの振付が、広さを持った分だけダイナミックさが生じにくかった。手の大きな振り(回転)や縦軸回転など機械的な動きは小さな劇場では視覚的に圧する力を持つ(同じ目線で見ると尚迫力)が、新国立では客席から俯瞰でき、エリアも広い。徐々に速度を増す・動きの密度が高くなる・人の位置の移動や入れ替えも同じく速度か頻度が増す、等といった変化の「形」が欲しく、難度の高さを要求したくなった。意味を超えた「感覚に訴える」舞台成果がこの高みに至ったことによる要請だろうか。

    先に述べた今作に投入された幾つものイメージの中で、一つ特徴的だったのが日本の戦争時代に言及したシーン。井村昂演じる大人(老人)が戦争体験者として存在し、もう記憶の奥へ隠れてしまったがピカドンという語や、夏の正午の玉音放送や赤の部分に穴の開いた日の丸を振る人々等が出てくる。舞台は反戦だとか現政権への牽制などの意味と結びつく他の要素は見えないが、厭われがちな剣呑な素材を放り込んだ所に(劇団公演に拘った事とも合わせ)体制に対するスタンス表示の意図が天野氏個人にあったのではないか、等と想像してみた。
    何処までも拡がるイメージ世界を彷徨う体験は、何時までも遊び続ける子供と一緒にいるようでやがて疲れ、気だるい夕暮れが訪れる。戦争という大人のお遊びにもやがてその時はやって来て・・白骨に被せた土の上で、ひぐらしの声をきく。。
  • 明確なストーリーなんかあってもなくても良いのですが、メッセージが全然理解できませんでした。感覚的に受け取るべきなのでしょうが、自分には合わなかったということでしょう。最後の群舞は長すぎでは?

  • 満足度★★★

    少年王者舘 「1001」@新国立劇場
    なんかスゲェモノを2時間観せられ、魅せられてしまった…
    ストーリー展開だけでなく舞台装置の動きとか演者さんの動きとか…

    お誘い頂いた方に感謝‼️

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2019/05/19 (日) 13:00

    座席1階C2列13番

    少年王者館初見。井村昂さん、寺十吾さんを除くとほとんど知らない顔ぶれ。

    言うまでもなく、新国立劇場初登場。小劇場と言っても、七ツ寺共同スタジオやザ・スズナリとは違う大きさ、ザ・高円寺よりも大きいのかな。
    この尺での舞台は、初めてではないかしら。それにしても、細かい芝居に終始せず、群舞や舞台装置の使い方で、奥行を魅せる空間の使い方はうまい。

    確かに、かなり特徴的な芝居作りで、パンフレットを読むと、その独特のスタイルが強く慕われていることがよくわかる。でも、他の方もおっしゃっているように、観客を選ぶ舞台であることは確か。

    特にループする会話と演技、挟まれる舞台アナウンス(芝居と劇場の狭間の消去)、セリフの末尾と語頭の連続する言葉遊び、こうしたものは嫌いな人は嫌いだろうと思う。

    ただ、何にしても驚愕なのは、大きなループの中にまたいくつものループがあり、それぞれで微妙なズレを生じさせ、ただただ役柄の固定を回避するようなストーリー展開、こうした脚本と演出を、30名を超える役者の方々が淀みなくこなしてしまうことだ。群舞にしても、あの奇妙な振り付けを、今にも手足がぶつかりそうな微妙な距離で踊り尽くすさまは、圧巻。

    うん、よいものを観た、というのが素直な感想。では、これから常連として観続けるかと言うと、ちょっと判らない。たまに観るからよいのかとも思いながら、中毒性も強そう。次のタイミングで、体が欲するのかなあ。
    ザ・スズナリや、七ツ寺共同スタジオに戻った時に、同じ感動は得られるのか?
    その時になってみないと、本当に判らない。でも夢のような時間をありがとうございます。


  • 満足度★★★★★

    とにかくすごい。妙に心地よい言葉遊びと、悪夢のような反復と、戦争の罪の歴史さえも記憶の断片が元に戻るギャグにしてしまう。物語のカギを握る少年は分裂し増殖し、向かい合わせの二枚の鏡の間に立った時のような、無限に続く自分の鏡像をのぞき込むような体験。現実と演劇の境界さえ崩れ、終わるようで終わらない、果てしない物語に身を任せる2時間15分。
    総勢38人が登場する少しずつずれた群舞と、見事にそろった群舞の、それぞれが対比して醸し出す美と調和もすばらしい。
    いろいろ演劇は見てきたが、今まで見たこともない唯一無二の時空間の舞台。舞台のセリフと同じく、「終わりたい」(「終わらない」「終りない」…)と口では言いつつ、無意識ではいつまでも続いてほしいと願っていた。

  • 満足度★★★

    無数の物語の狭間で何かを探し続ける青年や少女の物語。今敏監督の『パプリカ』のような感覚。夢の中でこの舞台を観ている自分を俯瞰して観ている自分。無限の入れ子細工。時間と空間とが無数に重なって存在している多重世界。照明音響美術投影、最高峰の技術で見事にそれを表現。こんな方法論があったのか?とアイディアに感嘆。目の前でありとあらゆる世界の可能性を実感できる。それと共に統合失調症患者の話を一方的に聴かされているような苦痛も。何とも暴力的な舞台。『脱構築』『差延』、ポスト構造主義的な繰り返し喜劇なのか?神秘家グルジェフのワークやニジンスキーの手記を連想する。

    ネタバレBOX

    観客によって賛否両論であろう。
    所謂、多数の一般人がイメージする『演劇』である。こういうのが好きな人にとっては極上。この系が嫌いな人にとっては何が何だか訳が分からない。『きっと何か深い意味があるのだろうけれど、難しくてよく分からない』的な。
    中盤から物語が停滞し、繰り返しギャグばかりで退屈に。
    ただセットも含め、余りにも美しいシーンが幾つも観れる。ずっと記憶に残るような。
  • 満足度★★★

    鑑賞日2019/05/14 (火)

    14日ソワレ(140分)を拝見。

    ネタバレBOX

    恐らく他の方の「観てきた!」は絶賛の嵐だと思われるので、一人ぐらい、天邪鬼がいても許されるだろうと考え、以下、雑感を記す。

    配役表が入場時配布のフライヤー類に封入されておらず、有料のパンフを買ってから確かめろ!という趣旨らしいので、やむなく購入。ただ、実際、舞台を拝見してみると、役者はあくまで作品のパーツに過ぎず、故に配役表で確かめる必要もなかったようだ。

    個別には記憶に残っていないのだが、劇中のセリフにおけるダジャレ?やジョーク? さらには、往年のバラエティー『8時だョ!全員集合』のジャンボマックスばりの巨人の登場…念のために、作者の経歴を確かめると、やはり私と同世代人w
    だからかもしれないが、作品のテイストにどことなく昭和の香りが漂っていたのかなぁと。

    ラストの「尋常小学校?の運動会でのマスゲーム」みたいなダンスシーン。
    劇伴や照明の助けも得て、情の薄い私でさえ、胸にジワリと感動の波が押し寄せて来たのだから、常連客の皆さんの高揚は如何ばかりかと。
    この団体さんが玄人筋からの評価が高いのも素直に頷けるフィナーレだった。

    ただし、全体を振り返ってみると、同じシーンの繰り返しが多く、正直、クドいと感じた(そこまでして、2時間超える必要があったのか?)。
    私自身がループを多用する作劇は好みでないので、客観的には優れた作品なのだろうと理解するも、主観的には残念ながら手が合わなかった。

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