財産没収 公演情報 「財産没収」の観てきた!クチコミ一覧

★ 満足度の平均 ★ ★ ★ ★ ★ 3.4
1-6件 / 6件中
  • 満足度★★★

    ファンタジー

    ネタバレBOX

    細マッチョ的肉体美のテネシー・ウィリアムズを登場させながらの、黒い衣装によるダンスパフォーマンス。

    意味不明でしたが、欧米の演劇にゲイが頻繁に登場する土台を作ったのがテネシー・ウィリアムズだったということが良く分かりました。
  • 個人的に避けて生きている部分に触れる作品だったため、心が作品から距離を置いてしまった。

  • 満足度★★★★

    何か書くには情報が少なく、演出意図を取り違えそうだが、、以前観た同演目の上演(それも独特な演出だったが)では確か男女の二人芝居で、死んだ姉の事をやたら語る妹の中に姉への偏愛や憧憬や憎悪やらが不分明に渦巻いて殆ど姉と同じ道を辿りそうな危うさを感じさせ、実はこの妹が語る姉というのは自分の事ではないかと思えて来たり・・その「他者」の言葉を聞く青年(少年?)の身体に観客として同化して行くような、そんな芝居だったのを思い出しつつ、かなり大胆な演出的切り込みをしているらしいP・サファリの三人舞台が意味深でスタイリッシュで猥雑な残影を落として行くのを眺めていた。
    高さの違う電灯が天井から三つ吊され(人の腰あたりのもある)、他にコードが下まで届いて床に照明が置かれたのもあり、その縦のコードに真っ赤な帯が結わえ付けられ斜めの線が2本出来る。その四角のエリアには、女性用の帽子を被り黒レースを羽織ったトルソー(胴体の人形)があり、これが擬人化されるので、最大4名の人物が舞台上に居る勘定となる。
    始め男性二人が上手奥袖から時間差で登場し、ジャレたがる片方が他方を追うものの、相手は別の事(歩きながら読んでいる本=「財産没収」のテキストか)に気を取られ、つれなくしているという図がリズミカルに表現される。暫くあってつれない方が声を発すると女演技で、女性役を代行しているようにも、あるいはゲイカップルの女役とも見える。紅一点がやがて登場。容姿・動きともに妖艶を絵に描いた艶姿で、(下品を承知で言えば)鼻血もの。女役を兼任する男と、既にゲイにしか見えない締まった筋肉の男性役との三者が、位置とモードの入れ替えしながら良いバランスで変転する軌跡が何とも「美的」なのであるが、象徴されているものを読み切れない。
    以前同じアゴラで観た「悪童日記」(今度また再演するらしい)もそうだったが、身体を駆使したパフォーマンスが特徴で、スピーディで形が良く、緩急によって情感が表現できる。今回は利賀演出家コンクールにも出品した演目だからその再演と思われるが、利賀だけに暗示部分(表面に見せない部分)が広がっている演出の方が評価が高そうだ。従って難解なのもむべなるかな、だが、「悪童日記」という小説の舞台化の方が難しい作業だったのでは・・とは素人の感想。
    「ユニット」にしては完成度の高さに圧倒される。新たな仕事でまた驚かせて欲しい。

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2018/12/23 (日) 11:00

    日曜11時の回にもかかわらず、席は満杯。トークがあるというのが呼び水になったのか、テネシー・ウィリアムズのこの小編に何か魅力を感じたのか。

    割と厳しめの評価が多いけれど、本来ならリーディングでしか成り立たないであろう、10代前半の2人の男女の会話劇を、よくまあ、身体表現と僅かな舞台装置で「描く」ことに徹したなあ、という点で感心しきり。ただ、万人受けはしないだろうなあ、と思ったけれど。

    トムとウィリーの会話に、亡霊のような死んだ姉を登場させ、舞台を徘徊させたり、狂気じみた踊りを展開させたり、ウィリーのセリフを再現させたり。そこには、ウィリーの姉への敬愛に見え隠れする嫉妬、全てをウィリーに譲り渡して病死していった姉の執着と悔恨がほどよく描かれている。ウィリーにほのかな恋心が芽生えたトムが、ウィリーの言葉1つ1つに右往左往させられる姿が、切なくもかわいい。

    必ずしも、2人を10歳代前半と想定はしていないようだけれど(ウィリーがしばしば酒をあおる)、実際の役者さんの姿形と相まってまさに年齢不詳、針貝さんが評したような「夢幻能」、死霊の世界を感じさせる演出は、生者と死者の交換を見せられているような雰囲気がとても素晴らしいと思う。

    ネタバレBOX

    ポストパフォーマンストークで、針貝真理子さんが、上演中の一場面、音楽の音量が上がり、役者のセリフが途切れ途切れにしか聞こえず、舞台狭しと踊り舞う場面を指摘して「渋谷」のようだと評していた。
    ひたすら情報を与えられる渋谷の喧騒状態が、トムにウィリーが与える、真偽の判らない情報の氾濫状態に等しいと。これを受けて、山口茜さんが松山公演で松山の大学の先生(壽卓三さんという方かな)からも「渋谷」みたいと評されたと回想していた。

    そこで山口さんが何で「渋谷」であって、他の繁華街ではないのか?と疑問に思っておられた。針貝さんは、こまばアゴラが渋谷に近いので、そう評したと回答していた。

    まあ、そういうこともあるのだろうけれど、渋谷の特徴は、多くの路線と道路が錯綜し、ハチ公前を中心に道玄坂方面からでも宮益坂方面からでも、様々な喧騒が通り過ぎる放射線状の繁華街だからだと思う。

    池袋や新宿は東西で街の顔が違うし、上野や銀座は静謐と喧騒の2面を持っているし、
    渋谷のような街全体が比較的均一の態をなしていないので、比喩に上がらなかったのかなあ、と思った次第。
  • 満足度★★★

    ■約45分■
    主宰なりの作品解釈を開陳するために、思春期の男女の会話劇という本作の一番上、最表層のレイヤーをこうまで薄く扱うのはどうなのか?

    ネタバレBOX

    とはいえ、すべてが作り話とも取れる“モテ自慢”を延々続けて“オンナとして満たされている私”を躍起になって主張する男名前の少女・ウィリーが、テネシー・ウィリアムズの精神疾患の姉・ローズだとする主宰の見立てには小さからぬ説得力あり。ローズは、『ガラスの動物園』で苦すぎる失恋をする内気で気の毒な娘ローラのモデルとも言われているが、ローラがネガだとするなら、言うことが威勢のいいウィリーはポジ。しかし、ロボトミー手術後のローズに、そんな強がりを言うだけの“女の意地”がまだ残っていたのかどうなのか? 残っていたなら、まだしも救いがあるが……。
  • 満足度★★★

    45分。

    ネタバレBOX

    当日パンフ読まずにみた。元の作品?(というのも変だけど)も観てない。
    正直よくわかならなかった。45分、集中して見れたけど。

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