ミカンの花が咲く頃に 公演情報 「ミカンの花が咲く頃に」の観てきた!クチコミ一覧

★ 満足度の平均 ★ ★ ★ ★ ★ 3.4
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  • 満足度★★★★

    実話がベース、ということが物凄く「今」に突き刺さった。

    集団の中では、このような現実と理想の問題がついてまわる。
    それを最小単位の「家族」を中心に描いたのは見事だった。

    ベテラン俳優が軸となり、若手の熱量・瑞々しさが混ざりあった良い公演だった。

  • 満足度★

    作品の中身どうこう以前に観客が作品を楽しめる状態じゃない席の作り方だった
    椅子席50人位が快適に観られるキャパだと思われるところに80人近く詰め込み
    最前列は体育座りをしなければ行けない状態だったり
    通路を全部埋めるため、前売り券で購入しているのに開演直前にならないと座れない状態だったり
    隣の人との距離感もギュウギュウだし、体勢も無理な状態なんで身体は痛くなるし
    動けないから体調が悪くなろうがトイレに行きたくなっても何もできない状態
    そりゃあいっぱい詰め込んだほうがお金になるのはわかるけど、客側のことを全く考えない人たちが作った作品が何を言っても説得力がない
    高速道路を作ろうとしている人たちはそこに住む人たちのことを考えているのかということが劇中で言われているが、この劇を作った人たちは酷い環境の客席に座って観なければいけない客のことを考えているのかと思ってしまう。
    結局、人の気持ちを一番考えることができていないのは劇団側だったというのは非常に皮肉が効いている

  • 満足度★★★★

    人と人のつながりを考えさせる良い舞台でした。

  • 満足度★★★

    登場人物の不器用で、でも懸命に素直に生きようとする姿勢がじんわりと心に響きました。
    若い人たちがハッチャケすぎで素直すぎるような感じもしました。でも、とてものびのびと育って来たようにも見えて、
    都会っ子からしてみると、なんだかいいなあとも思いました(笑)
    最前列でほぼ体育座りみたいな格好でお尻が痛くなってしまったので、なかなか集中できなくて残念です。
    座席も詰めすぎかな、と思いました。

  • 満足度★★★

    前回訪れてからまだ日が浅いハコだが、受付・開場時にバタつきがみられ、場内も窮屈。仕事帰りとのダブルパンチでぐったりして全く集中できなかった。
    よく扱われるモチーフなので、もっと砕けた演出も欲しかったかな。

  • 満足度★★★★

    心にじわじわときました。

    ネタバレBOX

    立ち退きをテーマにした心の葛藤がなんとも考えさせられます。いい芝居だったと思うのですが、舞台がもう少し広かったら観やすいのになあと感じました。左右にもっと空間が欲しいです。そうすればもっと心に響くのになあと思い、やや残念に思うのです。
  • 満足度★★★★

    最初のうちは人の出入りや時制のアレで少々戸惑ったが、意味が分かってからぐんぐん引き込まれた。観劇から離れている時期が長かったので、西山水木さんは自分が小劇場通いを始めた◯十年前頃によく見ていた女優さんのイメージしかなく、こういう演出をする人になったのかと感慨深いものが。

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2018/10/03 (水) 19:30

     東九州縦断高速道路の計画地に入った集落の人々の物語で、実話ベースだと言う。公的なものとの対立に軸を置くのではなく、村落の共同体としてのあり方を、広い意味での「家族」ととらえる視点が興味深い。東京から実家に戻る役の本多真弓が「異物」として存在することで、その辺を明らかにする役割を演じた。明樹を客演に得たことで、ジェスト・ダンスという動きと歌という表現に広がりが出た。

  • 満足度★★★★

    西山水木演出という事で、一も二もなく劇場へ(なぜ、と問われたら何と答えよう...なんか凄そうだから?)。
    昨年上演された作・演出舞台(「月の姉妹」だったか)の「うた」の不思議なニュアンス、ケーキのトッピングではなくパン生地に練り込まれたように芝居と絡まる一見型破りなソレが、今回もその時が待ちきれないかのようにしばしば出て来る。
    地方を描いた芝居。台詞を追っているとつい西山水木の作、と思ってしまっている程何か通じるものがある。作者釘本光という名をおぼろに思い出しながら、要所で飛び出す鋭く抉るような台詞、優しく包むような台詞に胸がざわざわとした。予想を超える距離にまで観客を連れて行く言葉が、時を選ばず飛び出てくる。
    狭いアトリエファンファーレに組まれた装置は「内」「外」の区別も付きにくいヘンテコな形で、人の出ハケも「それをやるか」と突っ込みたくなる独特な処理だが、リアル一辺倒でない劇世界には不思議と合うところがあった。
    ふだん見過ごす隙き間や凹んだ場所にある良きもの、鉱脈が、人間とその関係の中にあるのを作者は見せる、見る角度を教える。それを媒介するのが例えばミカン、畑、自然。自然は人間を照らし、頬を赤く染める。
    人が放つ煌めきが、舞台を彩っていた。

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