ブラックマーケット1930 公演情報 ブラックマーケット1930」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.3
1-6件 / 6件中
  • 満足度★★★★

    スッキリはするが。

    ネタバレBOX

    不景気時に肉屋が人肉を売っていたという話と思いきや、肉屋は肉が嫌いで食べないと言い、全体を俯瞰していたり少し変だなと思っていたら、首を噛み切る猟奇殺人事件を起こし、死刑になりそうな男に精神科医がヒヤリングしているの図でありました。

    答え合わせをしてくれるとスッキリしますが、こういう構図はありがちで残念な気もします。
  • 満足度★★

    ■約105分■
    ●大した改作はなされていないし、こういう猟奇譚は、いまや何の新奇性もない。

  • 満足度★★★★★

    岸田理生カンパニーのメンバーを中心とした結成されたユニットで、
    ユニット名の“R”は理生さんのRだという。
    初めて観たユニットRは、言葉の一つひとつが刻々と色を変えて粒立っていた。
    台詞の強さと美しさが、カニバリズムのグロテスクな内容を際立たせる。
    浮浪者の女が、やがて女王のように君臨する皮肉が素晴らしい。

    ネタバレBOX

    舞台中央には、血にまみれた肉屋の“仕事場”らしき台が横長に置かれている。
    それがそのまま別のシーンでは食卓になり、肉に飢えた客が料理を堪能する。
    戦後の食糧難の中で、肉などどこにも売っていないのに
    その肉屋に行けば肉が手に入る・・・。

    肉屋は人を屠るときだけ、“生の実感”を得ることが出来た。
    だがある日、浮浪者の女に脅される。
    「ここに一緒に住まわせて。もし私が死んだら友達が私の手紙を警察に持って行く」
    女はまもなく肉屋を操るようになる。
    「そろそろ狩りに行っておいで」
    そして客を集めて美味しい料理を出すのだった。
    だが肉屋はもはやかつてのように屠る喜びを得ることが出来なくなっていた・・・。

    繰り返される「肉」「飢え」、その「肉」と引き換えに「性」を売るのは
    食欲と性欲が同列に並ぶからに他ならない。
    そして人は欲望に忠実な時だけ、真の喜びを味わうことが出来る。
    命令されたり、システム化されたりすると、途端に喜びは半減し、苦痛と化す。
    肉屋を見ているとそれが良くわかる。

    前説の諏訪部仁さんがソフトな挨拶をして頭を下げ、その顔を上げないうちに
    最初の台詞が発せられる。
    その不気味なまでのギャップで、いきなり異世界に引きずり込む導入が巧い。
    実在するのかしないのか不明な幻覚の男、強烈な存在感で忘れがたい。

    浮浪者だが、肉屋を脅して人肉の調達を強要する女を演じた江田恵さん、
    殺人鬼に対して、不敵なまでの上から目線が素晴らしい。
    殺した人間を肉として売れば証拠はなくなるが
    それをよりおいしく食べよう、という発想は肉屋の上を行くと思う。
    ある意味、人間を牛豚鶏と同等に考えて“仕入れ”を命令しているよう。

    どんな世界にも「マーケット」はあり
    そこに「ブラックマーケット」も存在する。
    永遠に正当化されない、だがあからさまに欲望に忠実な人間が
    店頭に並んでいるのだ。

    ユニットRの隙の無い役者陣、魅力的な台詞と声、ぜひまた観たい。




  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2018/06/28 (木) 19:30

    良かった。

    やっぱり理生さんは良いな😆🐸

  • 満足度★★★★★

    良かった。

    やっぱり理生さんは良いな😆

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2018/06/27 (水) 19:00

    座席1階1列

    今年度は、全作を通して観劇すると決めたリオフェス。。
    すでに観劇済の「野外劇 新譚 糸地獄」「桜の森の満開の下」に続いて3作目の作品です
    ちょっと、言い方は変ですが、先の2作品に比べて舞台劇らしい舞台劇でした。
    アゴラこまばで上演されたということもあるのでしょうけれど。

    アゴラこまばは、リオフェスの聖地という感じだったのですが、今年度はユニットRのみ。少し寂しい感もあると同時に、せっかくの岸田理生さん追悼フェスティバルなのですから、表現の可能性が広がっていると解すれば、ここれはこれで歓迎すべきことかと。

    原作は「ハノーバーの肉屋」
    私はこの脚本を知らないのですが、幾つかの理央さんの作品を混ぜている(あるいは翻案しているが正しいのかな)ようです。(そう役者さんが言われていました)

    ただ、タイトルからわかるのは、第一次世界大戦後のハノーバーの人肉愛好家兼人肉屋のフリッツ・ハールマンの話だということ。
    でも、パンフレットの配役では、ペーター・キュルテンと書いてある。
    あれ、これって、ちょっと年代はズレルけれど、ヂュッセルドルフの殺人鬼じゃない。
    両方とも第1次世界大戦後のドイツという共通点はあるけれど、嗜好が全く違うのに。
    (キュルテンは動物性愛・強姦殺人、ハールマンは男色・人肉嗜好)
    それと、ハールマンを支配するそしてハンス・グランスにあたる少年が少女になっている。

    ここらあたりは、これから観劇する方は、予備知識をもって観られた方がよいかもしれません。ちょっとした趣向として、こうしたのだと思います。

    舞台上では、ひたすら「肉」「肉」「肉」の発声と、食事シーンのオンパレード。
    食欲、性欲、支配欲、そして殺人衝動、これらは通じ合うということを、しつこく教えてくれます。

    ネタバレBOX

    グランスを女性にしたのは、食事それも肉食、ひいては人肉食のシーンを、料理を作るということでことさら強調させたかったのと、ストレートに性欲を強調したかったのではないかと。それにグランスは美少年だったので、変に男性にやらせるとクレームきそうだし。

    肉屋をキュルテンとしたのは、戦後ドイツの殺人鬼を一つの鏡像として見せたいがためではないでしょうか。劇中、肉屋の分身がたびたび出てきますが、これがハールマンではないでしょうか。キュルテンは、ハールマンになった夢を見ている。
    だから、人肉は食べられないし、グランスは男ではなく女なのです。
    ラストシーンで夢?あるいは錯乱状態から覚めたキュルテンが、自分の最期望みとして発する名言「私に残された最後の望みは、自分の首が切り落とされ、血飛沫を噴き出す音をこの耳で聴くことです」を発します。

    初日の懇親会でお聞きしたのですが、読み合わせから通し稽古まで、週1回のペースで計10回程度の稽古しかなかったそうです。ですから、セリフを定着するのに苦労した、と笑ってお話しくださいました。
    他の小劇団も同じようなものなのかもしれませんが、それでも、このクォリティは素晴らしいですね。たった6公演とはもったいない限りです。

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