野外劇 新譚  糸地獄 公演情報 「野外劇 新譚 糸地獄」の観てきた!クチコミ一覧

★ 満足度の平均 ★ ★ ★ ★ ★ 4.6
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  • 満足度★★★★

    音楽が大きな要素であり魅力である吉野翼企画。『恋 其ノ弐』『血花血縄』(どちらもリオフェス。こまばアゴラ)と確かな手応えあり、野外劇に足を運ぶ。こういう場所がある事も知らなかった。半欠け椀状の野外劇場の客席段の方を演技エリアとし、平らな底にイスを並べ(200席弱といった所)若干見上げる角度で観劇する。上部の手すりの背後に木々があり、夕闇迫る天然の照明を利用。声の音量に難あり、魂込めた台詞が宙に拡散しがちで言葉そのものが聞こえない場面も多くあったが、あちこちに散らばる「白い女」(多数で定位置、遊女のように観客に手招きの風情)と中央上段に居座るのぐち和美、男4名、黒装束の踊り手8名がつくる「劇場」全体の構図じたいが戯曲と齟齬なく完成されている感で、引き込むものがあった。
    岸田理生、寺山修司、野外・・と無理なく連想されたが、このユニットでは初の試みだったよう。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2018/06/22 (金) 19:00

    初夏、今年も来ましたリオフェス。
    昨年、こまばアゴラで拝見した「血花血縄」は、整然とした様式美と淀みのない統率感、そして純度の高い性の抽象化と共存する、淫靡なまでの生々しさ、どこをとっても申し分のない舞台でした。ということで、吉野翼企画は必見ということで「糸地獄」にレッツラゴー。

    今回は野外劇ということで、それほど大胆な演出はないだろうとたかをくくっておりましたが、いや、ある意味、過激で過剰。
    本来の舞台を客席とし、階段状の客席を舞台することにより、糸屋という遊郭にいる遊女たちの個室1つ1つを具現化することに成功。遊女たちの思い思いの一人語りを「個」としてさせています。この部屋の壁は、ライティングと遊女たちのコーラスによって容易に取り外され、また、男たちが遊女たち1人1人を操り人形がごとく糸で操り始め、主人公繭が遊女たち1人1人に語り掛けるとこで、壁はまた回復していきます。
    この影の間を、自由に行き来するのは、黒衣のダンサー。彼女たちは、徹底した傍観者として、遊女たちの一人語りを、観客に披瀝する。

    その話に示されるのは、母から娘、そのまた娘、そのまた娘と連綿と受け継がれる、性の業罪。遊女たちは、その業ゆえに男たちの支配から逃れ、逸脱していく。そこにはただ顔のない男たちの躯があるのみ。

    うん、何とも言えないエロチシズムが横溢した舞台でした。

  • 満足度★★★★★

    野外劇の持つ祝祭が艶やかに展開される「糸地獄」
    岸田理生の代表作であり、現代でもその詩のような言葉のきらめきは色あせない。
    黒衣のダンサーが一層雰囲気を盛り上げる。
    風の音、電車の音、自然の理の中での野外劇もいいな。
    これは女性でしか書けないかなと思うくらい、女性の奥底からの言葉を感じる。

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2018/06/24 (日)

    24日ソワレを拝見。

    ネタバレBOX

    岸田理生の戯曲を野外劇に仕立てた1時間45分。
    役者陣の気合いの入った演技に、屋外ならではの、照明(日没から夜陰へと移り行く空の様子)、SE(山手線や西武新宿線の電車の通過音)、そして空調(時折、円形劇場内を吹き抜けていく心地よい風)の効果が合わさって、(戯曲との関連性は全くのゼロだがw)北陸・富山の人々が年に一度だけ踊り狂う「おわら風の盆」にも似た風情とパッションを、個人的には感じさせてもらった。

    その役者陣だが、顔と名前が一致するのが、のぐち和美さん、石井舞さんのお二方のみだったので、(大盛況のため、そこ位しか空いていなかった)上手右端の席から、とにかく、セリフの聞こえる方に顔を向けていった際、(私の席位置や聴力のせいかもしれないが)ヒトによっては聴き取り辛かったのが、若干、気にはなった。
  • 満足度★★★★★

    大変、面白く見ることができた。初日観劇。
    野外円形劇場の底、舞台部分にベンチを並べ、客席となっている。舞台は階段状の客席部分。7時まだ日が沈んで間もないので後方の空が明るい。黒衣の踊り、女たちの客引きの声、期待が高まる。

    ネタバレBOX

    女の生理というか幻想というかが、いくつもの場面の中でくりかえされ、母親殺しを通して、自分を見つけ出すとともに、またその子へと受け継がれていく、性。糸を紡ぎ、糸を切る、この象徴的な仕草に込められたものは、重く逃れ難い印象。男の私にもこれでもかと伝わってくる。
    芝居もだいぶ進むと、「月」というセリフ、見上げる視線の先に、西戸山の高層マンションと並んで中天に、半月が煌々とかかっていた。
    「女は子宮で考える」という古いフレーズを現前させたかのような感覚に捕らわれた。糸屋の女たちは熟女、訪れる繭は糸を紡ぎだそうという幼い女。同じ生なりの衣装であったが、身体も声もよくその差違を表現していたと思う。男たちは、女たちの幻想の中に生きられない。糸をあやつってはいても、能の狂言方のように外の世界にいるかのようだ。女は白塗りなのに、男はそうでなく、目のまわりに隈をとっているのみ。声もまた現実世界の野太さのようである。
    夜も更けてくると、空気の加減か、山手線の電車音が通奏低音のように響いているのに気づく。
    繭役たぶんは鈴木千晴、囲碁アイドル。

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