まるてん 公演情報 まるてん」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.8
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  • 満足度★★★★

    終末期ケアを行う施設…ホスピス「ひまわり」における患者とその家族および施設関係者の触れ合いを描いたヒューマンドラマである。
    人は誰もがいつかは死ぬ、その時までどう生きるかを考えさせる内容である。
    (上演時間2時間)【Bチ-ム】

    ネタバレBOX

    セット、中央の前後面は階段を設けた二層構造。奥は病室で両壁に手すり。また別スペースもイメージさせる。前面の上手側に診察机・丸椅子とラック、下手側にソファーが置かれている。上部奥の中央は窓ガラスであるが、両脇の壁は白黒の縦模様で鯨幕を思わせる。

    物語は、末期癌の宣告を受けた女性・ちぐさ(24歳)が、死を覚悟し最期まで自分らしく生きようとホスピス「ひまわり」に入所する。そこには同じ運命の人々がおり、それぞれに死と向かい合わなければならない。ここでは癌告知を受けた患者たちの闘病、その苦痛と苦悩の日々を彼ら彼女らと接する家族や医療関係者(ボランティア含む)の姿を通し、ターミナルケア(末期医療)の問題を捉えている。同時に個々人の心と施設内の人間関係を通して問題の所在が一様でないことも解からせる。

    癌告知を受けるのが自分なのか家族(公演では娘)なのか、それによっても感情の振れ方が違うと思う。ちぐさは、若い自分の余命があとわずかと知らさせ絶望の淵にいる。ホスピスに入所するということは、延命治療を行わないことを意味し”死を覚悟”したに等しい。患者が自分らしく生きられるよう支援すること、その目的を端的に表したのが、医師が”自分は応援団長である”という台詞であろう。

    本公演で注目、疑問に思ったのは、次の3点である。
    第1(注目)…本公演では、ホスピスの人員構成である。純粋な医療関係者だけではなく、ボランティアの存在も描き、その役割の重要性を示している。専門医療者が患者ケアに注力できるよう、ホスピス全体の下支えをしている。
    第2(疑問)…娘・ちぐさの覚悟は伝わったが、母の気持としては治療し一日でも長生きしてほしい。医師からの末期癌宣告の時とソファーで娘との語らいで心情を露わにする。医療以外のことであれば、本人希望を優先するという物分りの良い親になることも出来るが…。ちなみに、家族は母・娘だけなのか?それであれば尚更、延命させたい気持であろう。終末医療の核となると思われるので、もう少し踏み込んでは…。
    第3(疑問)…ヤクザ・鬼塚が再入所する際のドタバタとそれ以降の含蓄ある言葉が物語に面白さと深みを吹き込む。末期癌でも進行が少し鈍化し、一時退所したのだろうか。そこらへんの経緯がもう少し分かると納得しやすい。

    延命治療ではなく”死ぬまで生き抜く”を温かく見守るドラマ。それをキャストが登場人物のキャラクターを立ち上げ魅力的に演じていた。”死にたくない”を”如何に自分らしく生きるか”に転じ、人の心に聴診器を当て、魂の叫びを聞かせるようなヒューマンドラマは素晴らしかった。最後にタイトル…周り(まる)にいる人を照らす光(てん)ような存在を意味するという。

    次回公演も楽しみにしております。
  • 満足度★★★★★

    「まるてん」は「まる」に「てん」でそういうことだったのですね。

    ネタバレBOX

    ホスピスを舞台にそれぞれの精いっぱいの人の生きる様が力強く伝わってきました。「生きていることが奇跡」なんだと、心の中に染み渡りました。胸が締め付けられる内容でありながら、ところどころに笑いもあり、「いのち」について深く考える貴重な機会になりました。いのちについてじっくりと真正面から向き合い、考えることができたことに、感謝したいです。
  • 満足度★★★★★

     Aを拝見。

    ネタバレBOX

    物語は若くして白血病を発症した娘と母が専門病院を訪れ20代前半で骨髄性白血病と診断され余命半年を告げられる所から始まる。
    おかしなもので、人間、死を突き付けられるまで案外そのことを自分の問題として意識しないものだ。娘は、何故自分が、この年で? と不合理に思い、理不尽だとの感覚を抱く。放っておけば余命は半年、化学療法を受ければ延びる可能性はあるという。母は1日でも長く娘に生きていて欲しい。その為には何でもする覚悟であった。一方、癌や血液の癌と呼ばれる白血病の治療は、かなり副作用も出、厳しいものであることは周知の事実。毎日の検査や点滴、延々と続く化学治療の耐え難さと、何の為に辛い思いを堪えて生き延びているのかが分からなくなれば、その生は単に生きているだけということになってしまう。悩んだ母子は、ホスピス、ひまわりに転院することになった。
     院長はやはり元癌治療の専門医として病院に勤務していたが、病院の技術的なケア中心の医療に限界を感じてこのホスピス・ひまわりを立ち上げた人であった。そのモットーは、患者が命を終えるその日まで、その人らしく納得づくの人生を全うする為の応援団長であること。その為に真っ直ぐに患者に向き合い、患者がヴィヴィッドに生きられるようホスピス内でかなりの自由を与えていた。治療法も薬物療法や放射線治療よりも、傷みが出た時の緩和等が主であり、生きている間、患者自身が納得できる生活を送れるよう応援するというスタイルである。つまり死を前にした患者たちの心理サポート、患者同士の人間関係構築などに重点が置かれていた。
     入所患者の中には、世界中を笑いで一杯にしたいと夢見る芸人、ゲイ、大きなヤクザ組織の組長、オミズらしき女、自閉気味の女などが居り、ホスピスサイドには、院長以下、看護師、ボランティアスタッフ等が居る。
     ゲイの患者は、2人居たが白眼視され続けて来た者同士当然仲が良い。その片割れが先に逝ってしまった。残された方のダメージは深刻である。この辺りの脚本の書き方、演者の表現も実に深い。更に、お笑い芸人だった患者は、看護師や医師の制止も聞かず院外に出ては酒を飲んでいたのだが、新しく入った件の娘と恋仲になる。この二人の恋の場面も素晴らしい。互いに体を壊している身だから、恋はプラトニックなものだが、それだけに純粋で、互いを思う気持ちの強さが嫌も応も無く観客に迫り涙を誘う。今作のタイトルもこの恋人たちの科白から採られている。
     上演台本を拝見した訳ではないが、かなりゆったりと書かれた台本のように思える。が、伏線の敷き方、肝心な所での演出の見事さ、何よりも根底に流れる人間としての温かさが素晴らしい。脚本、演出の良さのみならず、無論、役者さんたちの演技も素晴らしい。和興さん、村手さんは無論のこと、恋人役の二人末岡さんと中村さんらも胸に沁みる演技をしてくれた。他の役者さんたちも皆、自然体でレベルの高い演技である。
  • 満足度★★★★★

    ほんと面白かったですね!さすが村手さんと和興さん、思い描いていた通りの熱演でした。重々しいテーマに笑いと涙が散りばめられた素敵なお芝居でした。お二人の売春捜査官とはまた違った魅力満載で楽しかったなあー末岡さんも可愛かったし。そうそう観劇の際に木村伝兵衛さんと座席がお隣さんでした、なんという奇跡に感謝です。村手さん有難う!次回作はどっちでお会いできるのでしょう、楽しみですね。

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