湾岸線浜浦駅高架下4:00A.M.(土、日除ク) 公演情報 湾岸線浜浦駅高架下4:00A.M.(土、日除ク)」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.8
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  • 満足度★★★★

    今まで坂手洋二の戯曲を上演してきた劇団燐光群が故・深津篤史の初期の本を上演。演出は坂手だが、出演者も初めての人が多い。ここで燐光群がこれからの劇団活動の方向の模索としてこういう試みをするのは楽しみだが、それを評価することを前提として感じたことをいくつか。
    1)坂手も認めているようにこの戯曲は深津の初期作品で若書きである。若いから時代に引きずられてるところも随分あって、直截に言うなら古い。人物造形も類型的で今となっては寓話にしかなっていない.せっかくの燐光群なら、劇団総出演で代表作をやってほしい。「うちやまつり」なんか、新しい面が見えるのではないか。
    2)新しい俳優に言うのは酷だが、これでは台詞になっていない。ことに女優陣は声を出すということをもっと真剣に考えてほしい。こういうところはさすがに燐光群の役者は長い間やっているので、上手下手は置いても聞くに堪える。下手に混ぜるとバランスが悪いと思ったのだろうが、まとまったのは歌のシーンだけと言うのではカラオケではあるまいし困ったものだ。
    3)こういう機会Dから、演出も少しタッチを変えたらどうだったのだろうか。坂手流でまとまってはいるのだが、型で見せられたような気がする。坂手に比べると深津のホンは随分情緒的でセリフも坂手にはない味がある(良い悪いではない)。そこが型にとらわれてしまったように感じた。
    4)坂手ももう立派な中堅だが、この才能、うまくいかせる素材はないものだろうか。前期のブレスレス、天皇と接吻、神々の首都、屋根裏などは、素材も時代に迫る迫力があった。素材に政治性を求め、演劇の課題だと思うのは、井上ひさしが生涯共産党だと自身錯覚していたような不幸な思い込みのような気がする。もっと自由な広場でのびのびと書いてほしい。

  • 満足度★★★

    アフターイベントのリーディングまで鑑賞。
    まるまる2本分の芝居を観劇した気分。
    役者によって雰囲気がこんなに変わるものなんだね。

  • 満足度★★★★★

     亡くなった深津 篤史のシナリオだが、燐光群の坂手 洋二が演出。燐光群も良く使うザ・スズナリでの上演である。

    ネタバレBOX

    劇団と小屋との関係を今更とやかく言っても仏に説法の方もいらっしゃるだろうが、芝居内容と演出には、それぞれ劇団の癖というか好みというか、特性が現れ、その特性を活かせる小屋をどうしても多用することになる。小屋と劇団の相性というものがあるのである。無論、集客力の差、舞台と裏周りとの連携や使い勝手、照明や音響の効果を最大限発揮させる為の器材の充実、交通などの利便性等々。総合芸術としての演劇が要求する要素は多岐に亘り、而も質の高さを求められる。更に小屋の持つ雰囲気や、町全体の雰囲気が、芸能文化を盛り上げてくれるようなら猶更嬉しいのである。
     ところで、今作のような、大阪港湾部の荒み、心理的にも荒寥感の漂う街区のガード下を見つめ得る部屋の、恐らくは出口なしの部屋。そこには水槽に閉じ込められた真っ赤な金魚が、閉じ込められていることを知ってか知らずか遊泳している。最初、1匹だったものが、5匹に増え、更に十数匹になって1匹消える、など。数に変化がある。互いにアイドルの名で呼び合う男女の物語であるが、先ず、感じるのが何が描かれているのか分からない、という素朴な感想だろう。無論、演出もその辺りの事情が分かっているから、通常の舞台表現と朗読を組み合わせた回を何度か設けていると考えられる。
     ところで、今作、阪神淡路大震災後に書かれた物語である。作者の深津は、地震の時、京都の下宿に居て自分だけ被害を免れ、芦屋の実家が全壊、家族は無事だったものの仮設に移らざるを得ず、自分だけ難を逃れたことに後ろめたさを感じていたという。
     それかあらぬか、今作は非常に個人的な体験をコアに擁した作品ということができよう。同時にこの個人的作品は、その難解によって観る者の解釈を待っている作品でもある。即ち、作家は何を描く為に今作を書き上げたのか? 辺りが先ず最初に探究すべき対象ということになろうか。次に劇中何度も登場する”幽霊電車”とは何か? である。更に増減する金魚は何意味し、その水槽に関する登場人物たちの会話は何を示唆しているのかである。また、ガード下に蹲る革靴を履いた人物(生きているのか、遺体であるか、男か女かも判然としない存在は、何を表しているのか?)も極めて興味をそそられる対象であろう。その他、登場人物の居る部屋が、何を象徴しているのか考えると頗る面白い。例えば冥界という解釈も在り得よう。
     無論、あらゆる作品は、作品として提示され、作家から独立はしているという立場があるのは事実であり、そのような立場にも無論根拠がある。然しながら今作に於いては、作家の抱えていたという後ろめたさの内実について想像を巡らせることが、作品解釈の大きな糸口になるのではないか、と考えられる。
     また、今作の演出で極めて特徴的なことは、舞台の観客側に据え付けられた大きな板。これで観客の視野が否応なく限定される。更に舞台が、途中から急な勾配を持って下げられ、奈落まで急坂を構成していることである。奈落迄落ちているのである。如何にも坂手演出ではないか!?
  • 満足度★★★

    前説のようなアイドル紹介10分含めた90分。

    ネタバレBOX

    とある一室に住む若い男女10名。水商売女やゲイ、レズなど互いをアイドルの名で呼び合うマイノリティの集まり。その色恋や破滅を描く。
    前半はやや面白味に欠けるかな。男体盛りとラストのヒデキ(東谷英人)とマサコ(橘麦)のシーンが面白かった。爆薬の誤爆かなにかで死んだ面々が折り重なるサマをバックに決意めいたマサコという構成がよいなと思う。

    希望のようなものも見えにくい若者の最期の閃光のような作品。舞台上手に置かれた金魚のように同じとこでどこにも行けずに一生を終えるという寂しさが舞台に広がっている感じかな。一見テンションは高めだけど。
    橘麦の表情が終始魅力的。あと、前説的なのをやったゴロウ(武山尚史)の声が素敵。

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