『巨獣の定理』 公演情報 『巨獣の定理』」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.4
1-5件 / 5件中
  • 満足度★★★★

    鑑賞日2017/09/06 (水)

    浜尾四郎、という作家の存在を知っただけでも甲斐あったというもの。「新青年」編集長・横溝正史の誘いで探偵小説を執筆し、江戸川乱歩らとも同時期に活躍するが、40歳で夭逝したという。その代表作の一つ『殺人鬼』が今回の舞台のベース。前時代の資産家の女中部屋で、同時進行で発生する殺人事件の推理劇が展開する。即ち、確信犯的?娯楽路線で、始めは「乱歩」の世界かと思わす「時代」の空気感が蟲惑的で、好みである。

    ネタバレBOX

    芝居が佳境を越え、とりあえずの一件落着の後、長めの暗転があり、明けると3ヶ月後のある朝。表面的な平和と、真犯人を逃す懸念が語られる切迫感が同居する中、満州事変の勃発を知らせる新聞記事が話題に上るという、大詰めの雰囲気も探偵モノ娯楽作品の常道という感じで良い。
    が、事件の真相を足早に語る中に、小さくない矛盾(説明しきれなさから来る不自然さ)が一瞬混入し、オヤ?となった。舞台には登場しないもう一人の「探偵」が犯罪に一枚噛んだらしい事、彼は真犯人(らしい人物)のアリバイを証言して、容疑から解いてやった、にもかかわらず、結局自分が逮捕されてしまってなお、証言を覆さない背景には、真犯人との通常でない関係が想定されるが、芝居ではその言及がなく、あったとしてもその伏線が本編に組み込まれていなければ、浮いてしまう。このあたりは、娯楽作品であっても解消して決定版として欲しいと思った。

    浜尾四郎の原作もいつか読んでみたい。
  • 満足度★★★★

    しっかりしてる方のカリンちゃんこと井川花林出演

    巨獣(ベヒモス)とタイトルされているが、ベヒモスは出てこないw
    モンハン的ファンタジー作品ではないのだ
    ではどんな作品かというと

    探偵小説家浜尾四郎「殺人鬼」が底本
    昭和6年の新聞小説

    青空文庫にあった
    http://www.aozora.gr.jp/cards/000289/files/1799_19399.html

    話は底本と違い邸宅の使用人部屋だけで進む
    だから相関図に載っているように、病死も含めて6人が死に一人が重篤な症状に陥るが誰一人観客の前には現れない
    また雇われたという探偵たちも姿を見せない
    底本では語りは藤枝探偵の友人小川だが当然彼も出てこない

    執事や女中ら使用人や出入り業者、検察の書記らの会話で犯人を推理する

    そもそもの発端の奥様の毒殺、薬を薬屋まで取りに行ったのは女中のヤス、頭痛薬を毒薬にすり替えられるのはヤスだけじゃないか、という時に、女中らが声を揃えて「犯人はヤス!」
    ・・・・・・えーどうしてお客さんたちみんな笑わないのwww

    ネタバレBOX

    推理劇だから何を書いてもネタバレになるからギリギリの線だけ

    今日雇われた下男(実は駆け出し探偵)は論理的な考えを旨とする、考えにハマると髪をかきむしる癖がある「一公(いちこう)」

    舞台装置の飾り棚、客電が消えていく時に最後まで光が当たってるのが・・・

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2017/09/07 (木) 14:00

    座席1階1列

    かはづ書屋『巨獣の定理』SPACE梟門

    資産家一族のお屋敷で巻き起こる連続殺人事件。
    もうめっちゃ好みです!ミステリー好きとしては垂涎ものの作品でした。

    ただでさえ面白いシチュエーションなのに
    本来なら脇役として描かれる人たちをメインに据え、主役となる人たちを全く登場させないという驚きの演出。
    作品自体も品質の高い見ごたえのあるものに仕上っていて大変面白かったです。

    元ネタの作品は未読でしたが十二分に楽しめました。
    今度読んでみようと思います。

    ネタバレBOX

    犯人の決め手としては弱いかな?と思っていたらきちんとどんでん返しが用意されていて。
    終盤の展開にはゾクゾクしました。
    真実は常に一つでなく、周りが見たいと思っていることが真実になっていくという、
    今の時代にも通じる示唆的なオチも良かった。

    惜しむらくは
    私が観た回もセリフを噛む場面が散見されました。
    それ以外は全く文句なし!です
  • 満足度★★★★

    鑑賞日2017/09/06 (水) 19:30

    浜尾四郎「殺人鬼」をベースに、十七戦地が柳井祥緒が書き下ろした脚本を、かはづ書屋が上演する。元々が大部の連続殺人小説だが、殺される人物を登場させず、生き残る人物だけで描いたところが面白い。また、元の小説には2人の探偵が登場し、それぞれが推理を展開するのだが、その探偵さえも登場させない(それでいて、きちんと成立している)のは見事だと思う。脚本の妙だけでなく、舞台美術の美しさや、役者のなりきり感なども、なかなか凄い。面白いものを見せてもらった。それにしても、副主宰の島田は、どんだけ探偵小説が好きなんだよ!(誉めています)

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2017/09/06 (水) 19:30

    座席1階1列

    「巨獣の定理」何とも興味を引くタイトルである。「巨獣」はその世界、この場合秋川家を支配する者という意味でもあり、「ビヒモス」は悪魔の意味でもでも使われるというから、秋川家に棲まう悪魔という意味でもあろうか。「定理」とは真なる命題だから、推測するに「支配する者あるいは悪魔によって導き出された真なる解答」とでも意味するのか。
    原作となった「殺人鬼」に比べると、かなり凝ったタイトルだけれど、やはり、観劇欲をそそるという意味では、秀逸なタイトルだと思う。
    初日のせいか、役者の皆さま少し噛むことが多かったようで気になりました。論争劇なので、どうしてもマイナスです。でも逆にそれがなければ、かなりテンポのよい、観客を引き付けるよい芝居だと思いました。
    女中部屋を舞台にし、本来の主人公である人物をほぼも出さない(確か「Dの再審」もそうでしたよね、到着しない明智小五郎とか)趣向も、舞台に現れない惨劇や混乱を、観客に想像させるということで、逆にこの連続殺人事件のスケールの大きさを感じさせるという点で成功していたと思います。
    役者さんとしては、何といっても森尾繁弘、島田雅之、遊佐邦博の御3人が、舞台の柱として、役の心理の機微を演じながらも、うまくペースを作っていました。

    さて、本作は原作(読んでいない)と犯人が違うのかしら、推理劇なのでネタバレになるので、詳しいことはネタバレということで。

    ちょっとした不満を2つ。
    1.最前列の席は地獄。足元が狭くて、足が拘束具で締め付けられるように苦しい。Mの世界。何、こ れは体験型ミステリー?
    2.次回の公演は来年9月。これは仕方ないとしても、「Dの再審」再演とは残念。もち
     ろん、再演でブラッシュアップしたものも観たいけれど。せっかくなのだから、この
     路線の新作で、しばらくは行って欲しかったなあ。(まだ、来年に新作をやらないと
     決まったわけではないかもしれないけれど)版権の切れたミステリーを舞台化するな
     んて、興味深いですよ。「ドグラマグラ」や江戸川乱歩除くと、そんな舞台そうそう
     ないですから。小栗虫太郎、海野十三、大阪圭吉等々、素材に事欠かないのに。

    ネタバレBOX

    原作では「グリーン家殺人事件」を持ち出してミスリードを誘いながら、意外な人物を犯人としたようですが、今作では「グリーン家殺人事件」ままっぽくないですか。だって、この人だけが〇〇〇の1員で登場しているのですから。
    舞台最後は横溝正史ばりに、遠い過去の因縁からの復讐劇となり、それも一旦劇中盤で推理された内容が、実は真実だった、そして犯人の自白、となったときは、すごい尻すぼみだな、なんじゃこりゃのラストはと思いました。が、まだ残り10分近くあることを怪訝に思っていると、なるほど、そういう落ちでしたか、と感心した次第。
    嘘の自白の理由も、犯人さえ捕まれば、後付けで〇〇〇を守るため、事実そうしようと思っていた(実際にはやっていないけれど)、という説明で言い逃れできますからね。
    それと、自身の無実を証明する仕掛けがなされるには、むしろ警察や探偵諸氏の目をこちらに向けておくのが得策ですし、時間稼ぎも必要ですものね。
    舞台で暗示される真犯人は(事件の犯人とされたのは別人物)確かに意外な人物ですが、1人犯人というよりは、やはりあの2人は殺害動機が厳然としてあったという点で一連托生だったのです。弟と女中2人殺害の時間的な制約のアリバイも、1人でなかったと考えれば簡単に解消しますし。そしてめでたしめでたしですか。
    最期の弁護士(元検事書記)と執事の会話、余韻の残し方が「Dの再審」を彷彿とさせました。

このページのQRコードです。

拡大