KUDAN 公演情報 KUDAN」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.7
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  • 満足度★★★★

    中盤まで、忍耐でみた。終わってみれば絵画的な舞台であった。部分的ストーリーが最後に符合する展開も、風景の一部としてカンバスに収めて舞台上にガン!と置いたような、虚を突かれる終幕には衝撃を受けた。

    ネタバレBOX

    「忍耐」出来たのは「再演」に打って出る自負を考慮したからで、そうでなければ、動物モノ、それも作者の恣意で擬人化したそれは、個人的にはつらい=食指が動かない部類。というのは、今作もそうだが牛たちが人間に敵意を抱くという感情の出どころについて、具体的な一つの原因がなければ、ただ一般的に人間は俺たちの肉を食う、とか、人間の都合で動物は殺される、とか、へそが笑いそうになる。「見捨てたこと」が人間への憎しみに直結するのも何か違う。それによって何が起きたか、の方に原因がなければ。つまり殺生したり見捨てたりは、今も人間と動物の関係において生じている事であり、今も牛たちは人間たちを恨んでいる、という設定にするなら別だが、震災という事件以後そうなった、という説明はなかなか厳しいんである。はっきり言って感情移入できない。
    そもそも事故後に殺気立った人間がやってきて(まるで対中戦争時のように?)牛まで犯して去っていった、その時孕ませられた牛から生まれてきたのが人間の姿をした娘(青い衣裳で区別)つまり「あいのこ」である、という設定じたいが飲み込めない。暗く沈鬱な雰囲気の中でこの事実が語られるので、リアルにしてアンリアルという背反が暫くの間、耐えがたい。
    牛の衣裳は濃い茶の毛をうまく表していたが、その中の一際背の高い(確か温泉ドラゴンの役者)動物は、じつは犬だったらしい。では、この中のどれが犬でどれが牛なの?・・説明がない。まあ、犬は一匹だけで後は牛だったらしいが。
    かように動物モノの設定のディテイル不足に、腰の落ち着かない時間が、ディテイルが埋められて行くのでなく平行線で長く続くのである。
    ところがこの犬(バイト)、耐え忍ぶべき確かな「伏線」であった事はラストに氷解する。
    あいのこの娘を仮対象として、人間への憎しみを最も烈しく表現していたバイトは、ラスト、自分らを見放し、それで妹を死なせる事となった飼い主の思わぬ訪問をうける。着の身着のままで家を追われた初老の彼が現われた時、バイトはゴロゴロと唸りながら行き場のなかった怒りを反芻し、今跳びかかるかと右左に歩いていたのが、ついに飛び出し、飼い主を慕う「本能」に負けてふるいつく。この動き、変化は、犬の気持ちなど分からない我々であるのに、見事に伝えてみせる場面であった。台詞(言葉)で説明しえない「関係の表現」を結語とした、一つの証しに思う。

    開放された牛たちの群れの物語の片方で、人間のドラマが並行する。地域的には重なっているようだが、話は交わらずに進む。舌足らずに進行するかに見える人間の物語が中盤以降、目鼻が見えてくる。事故後の原発で働く者たち、その中で学歴も何もなくただ気持ちだけを通わせる恋人と結婚した青年、時間経過の後、恋人は無脳症で生まれた(亡くなった)赤子のフェイクを抱いてあやして過ごしている。原発労働者の間で、近頃人間の女の子が(線量の高い原発プラントの近くを)歩いているのを見かけた、という噂が出回る。時系列でのストーリーは憶えていないが、動物らと人間たちが、じつは同じ時空を共有していることが霧が晴れるように見えた瞬間(だったように思う)、群舞となり幕を閉じる。
    原発を扱っているが、誰かを告発する話ではない。抉り出せば実も蓋もないような原発を巡る醜怪な関係の構図に飲まれず(怒りや絶望に身を任せず)、ある意味で最も酷な犠牲者の象徴と言える奇形の存在が呟くだろう問い・・「自分は何のために生まれ、何のために生きているのか、何のために死んで行くのか」・・の前に立つこと。この問いは誰しもの前に等しく立てられている。
    カラマーゾフの兄弟だったか、こんな問いがあった(と聞いた)。神は全てを許される。人殺しもか。然り、だが全てが許されたと知った人間は、果たして人を殺すだろうか。・・なぜ今これを思い出したのか、ド忘れたが・・最も本質的問いに向き合った人間は、果たして瑣末な問題に足を掬われるだろうか(否、掬われる事はない)、だったかな。
  • 満足度★★★★★

    TOKYOハンバーグさんは2回目の観劇なのですが、前回は「愛、あるいは哀、それは相。」だったので、その違いように驚きました。同じ劇団と思えないくらいに違うテイストでした。

    ネタバレBOX

    「殺すんだったらちゃんと食ってくれ!」ほかの命を奪わずには生きて行けない命であることは日頃考えたりしませんが(考えたくありませんが)忘れてはいけないことだと思いました。それ以上にちゃんと知らなければならないことがあることも
  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2017/04/13 (木) 19:00

    座席1階I列

    価格4,000円

    無題2035(17-038)

    19:00の回(曇)。

    18:25会場着、18:29開場。初日(前夜)の2列後方(I列 右後方席)。

    リピートできるのはこの枠だけだったので前夜帰宅後予約(残1枚でした)。

    3.11の戯曲化。2011年からの年月。2013年12月(初演)からの年月。

    初演時にも出ていたのは光藤さんと小林(英)さん?

    舞台美術/大河原敦さんも代わらず(でも舞台の印象は全然違う)。

    黒を基調とし、照明によって情景に変化が生まれ、白と青のおふたりは周囲とは違った独自の時間の中にいるようにみえるのでした。

    白い月と青い地球、死と生。

    1945.8.6/8.9@ヒロシマ・ナガサキも1954.3.1@ビキニ環礁も60年以上経ってしまいました。

    ダンスについて
    芝居(演劇)とダンスの組み合わせは少々苦手です。
    物語との接点が薄いダンス、ダンスの中の会話/セリフなどはちょっと夢から覚めてしまいそうになってしまうからです。

    そうであっても、そんな違和感をもたせない秀作はあるものです。リジッター企画、森脇洋平さんの作品もそのひとつ。

    本作で初めてみる風戸さんの振付。ダンス作品は大きな会場でのソロも群舞でも発想/表現力しだい。

    以前にも書きましたが、風戸さんは津田記念日の「Every Day(2011/6@OFF OFF)」を観ていて、
    TOKYOハンバーグでは「しゃぼん玉の欠片を集めて(2013/8@ワーサル)」が初めて。そのすぐ後にk.a.n.aさんとのダンス公演(@キッド・アイラック)があったのに失念するも「月見草一夜 ツキミソウヒトヨ(2014/3@がざびぃ)」でダンスを観たことがあります。

    振付は初めて。

    思い入れによるのでしょうが、とても真摯な振付だったように思います。大人数の群舞でここまで調和をもたせ、流れを体現していたのに感心。

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2017/04/13 (木) 14:00

    力作です。絵で言えば抽象画です。
    研ぎ澄まされた演技と短い台詞で意図は充分伝わりました。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2017/04/12 (水) 19:00

    座席1階G列

    無題2033(17-036)
    19:00の回(曇~雨)。

    18:40会場着(全席指定)、18:45/19:00前説(光藤さんの声でアナウンス)。19:04開演~21:10終演、ロビーには沢山の人、当パンをみると30名余の役者さんたち。

    初めて観に行った「髪結う時」@千本桜2011/5、本作初演が2013/12@ウエストエンド。ワーサルでもなく、サンモールスタジオでもなく、下北沢でもなく、高円寺1。初演時の2倍くらいのキャパでしょうか?

    個人的には大きな会場は好みではないのですが、てがみ座が「空のハモニカ」を下北沢「劇」小劇場(2011/9)から同じ高円寺1で再演(2013/8)したときの新鮮さに負けることのない内容でした。

    若い新メンバーからベテランの方々、初めての方から観に行ったことがある方、落ち着いた舞台美術(ドリス式円柱風)、風戸蒔さんの振付(照明/音楽)、光藤さんも舞台に。

    大西さんが3/11を扱った作品では「愛、あるいは哀、それは相。」がありますが、それは手をかざせばいつも「暖かさ」を感じるのに、本作では冷たさで...ではなく、絶望でもなく、諦めではなく...生きてゆく限り問い続けるものを現しているように感じるのでした。個であり、集団であり、種を超えた何かでもあるものを。

    生まれたての光をみることのなかった命。疫病、飢饉、公害、厄災、温暖化、多くの争い、人類的にみれば大量虐殺、地球的にみれば大量絶滅。

    身近なところにその萌芽があるのかもしれません。

    澄み切った空気といい色の舞台だったと思います。

    過去作は除いて(お名前で検索してみると)観ていたのは、
    小山貴司さん waqu:iraz「わたしたちのからだは星でできている」2016/7@青少年センター
    白石花子さん 劇団晴天「羽とままごと」2016/11@SOOO dramatic!他
    友澤宗秋さん 劇団わらく「壁あまた、砂男」2014/1@雑遊
    星野真央さん 「ベルナルダ・アルバの家」2016/3@サニーサイド
    本多由佳さん みそじん「ひなあられ」2016/9@風姿花伝他
    永田涼香さん B.LET'S「中ノ嶋ライト」2017/2@「劇」小劇場他

    風戸蒔(振付)さんは「最後に歩く道」2015/11@サンモール以来、お話できとても嬉しい。

    本作とはまったく関係ありませんが「原子心母(牛のジャケット)」というアルバムがあり、たまーに聴いています。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2017/04/12 (水)

    先に結論から申しますが、初日故の緊張、まだ生乾き?な部分を勘案しても、恐らく、今年随一の観劇体験になるのでは、と思いました。

    ネタバレBOX

    件(くだん)であるクラープの誕生シーン、処分される寸前で牛たちが牧場から解き放たれるシーン、そして生活の場である森の伐採で牛たちが追い詰められる最後のシーン…歳がバレそうですが(苦笑)、真っ先に『ジャングル大帝レオ』での光景が目に浮かびました。
    ただし『レオ』のテーマが「人類の文明に追われる動物たち」だったのに対して、本作では、人類の文明の脅威(原発事故)にさらされるのが、動物(飼育牛や被災者に捨てられたペットたち)だけでなく、人間自身にまで及びます。それまで営々と営んできた平穏な暮らしを或る日突然奪われる、その何と理不尽なことよ!
    私が作品から受け留めた最初のメッセージです。

    原発事故は、動物たちにも・人間にも、多くの「死」をもたらします。さらには、事故後に授かった生命にさえ、暗い影を落とします。動物側ではクラープ、人間の側では三日月の生んだ子。(あえて言葉を選びませんが)「奇形児」であり、さらには三日月の子は生まれてすぐに亡くなっています。しかし、たとえ「奇形児」であろうと・「死者」となろうとも、この世に生まれて来た命を・生きていた証を、尊重し・忘れずにいる心持ち。
    生命の尊さ…私が作品から感じ取った、もう一つのメッセージです。

    と、まあ、感想はこのくらいにして…。

    作劇的な面に関しては、福島原発事故で被ばくした牛たちの飼育を続ける「希望の牧場・ふくしま」にインスパイアされた題材を、「件(くだん)の牛」の伝承を基にした現代の寓話に作り上げた、その着眼点の非凡さに何よりも感心させられました。

    役者陣。ヒロイン・クラープ役の山本由奈さんを初め…いえいえ、敢えて個人名を挙げるのは止しましょう。舞台の上に立った座組みの皆さん全員の総合力に、唯々胸を打たれました。

    最後に(また演劇とは離れてしまいますが、汗)。
    劇中の、三日月が死産した子の症状に関して、「風評被害」の観点から、批判的な意見も寄せられるだろうな、と観ていて感じました。
    「希望の牧場・ふくしま」で育てられている牛たちにしろ、原発事故との因果関係のある・疑われる症例にしろ、合理的根拠が認められる限り、「時代の証人」に目を背けてはならない…ワタシが勝手に解釈した、作品からの最後のメッセージかもしれません。

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