満足度★★★
鑑賞日2017/02/08 (水)
2時間以上のディスカッション舞台。
同じ社会で暮らしていても、現実には目に見えない壁がいたるところにあって、それでも現状を打破しようにも、それはあまりにも高く、登りつめようとしても根気が必要だし、それを鑑みる知性も重要であって。ただし、今の世の中、知=血の抜けた情報だけは瞬く間に拡散してしまうのが悲しいのな。
個人の主義主張はあって当然なんだが、そればっかり舞台で見せられるのはちょっと辛かった。
満足度★★★
ヘイトスピーチがテーマかと思ったら演劇論?寛容さは大事だけどヘイトスピーチや大麻まで肯定しているのかしら?いずれにしろ詰め込みすぎで焦点が定まらない座談会みたいだった。
客席の前に置かれた仕切り(?)に傍聴席を想像したのは考え過ぎでしょうか。古くさいソファーやテーブルにいつの時代の話かと思っていたので、今の話と分かって驚きました。上手のブロックの席でしたが、舞台にあたるところに何もなくて、逆にここで何が起きるのだろうとワクワクしてたのでしたが、結局そこらは使われることなく終わりました。ほかの舞台の大きさに合わせたセットだったのでしょうか。
まさに今、起こっていること起きていることが取り上げられいろいろ勉強になりましたが、とりあえずこういう家に産まれなくて良かったなと言う気分で劇場を出ました。
満足度★★★★
社会問題をエンタメ化するトラッシュマスターズ。今回はいつも以上にタイムリー。ちょっと詰め込みすぎ感もあるけれど、いつものようにちょっと疲れながらも楽しめました。
満足度★
すいません。あまり悪くは書きたくないんですが、相当なストレスだったので、率直な意見を書かせていただきます。(お金を払ったので、言える立場にはあると思いますので)
満足度★
2度めの観劇になります。私は芝居というものは2種類しかないと思ってる人間です。主観的に面白いと思えた芝居と、そうでない芝居。商業演劇といわれるものであろうが、新劇だろうが関係ない。ジャンルで芝居を論じるのはナンセンスだと思っています。こんな書き方をすると、劇団から「商業演劇と僕らの創造している芸術を一緒にしないでくれ」というお叱りを受けそうですが 役者に あからさまに商業演劇の存在を台詞としてディスらせ、しかもそれが正論といわんばかりのプライドに感服しました。私は貧乏人なので、チケット代の高い商業演劇といわれる芝居にはあまり足を運べないのですが、それでもこの舞台で自称芸術家たちが語っている演劇論に終始、観客としての自分が見下されている不快感はぬぐえません。
たぶん私みたいな人間は「招かざる観客」だったのだと思います。一言でいえば、観客を選別する芝居なんでしょう。
満足度★★★
トラッシュマスターズ初見です。
「たわけ者の血潮」観劇させていただきました。
他の方が書かれているとおり、動きの少ない、会話劇。どうしても説教くさく感じてしまいました。また公演時間も長く、すこし観ているのがつらかった。
しかし、この難しいテーマをお客に伝える役者さんたちの力量は素晴らしく、劇中に語られる一度も登場しない大女優の存在もしっかり見えました。
満足度★★★★
鑑賞日2017/02/07 (火)
国内外の政治や社会問題に関する旬の時事ネタを取り上げて、登場人物に問題提起→議論をさせる作劇には慣れっことはいえ、さすがに今回は盛り込み過ぎの感が強い。
なんとはなしに、晩年の『美味しんぼ』(雁屋哲氏原作)と似たテイストを感じた。
「濃密な会話劇」という旨味と「説教臭さ・上から目線(失礼!)」の苦味との塩梅をもう少しウマくできないものか。
公演を重ねるたびに、中高年の演劇ファン・政治的同調者に客層が限られてきているのが、個人的には遺憾。
満足度★★★
初トラッシュマスターズなので、今までの作品との比較ができないのだけど、舞台装置、脚本、演出、役者どれも高水準なのに空席が目立つのは、どうにも説教臭い語り口のせいなんだろうか?世間と違うモノの見方を役者に語らせてはいるけど、それほど新しい視点でもないし、驚かされたり、感情が高ぶることもなく身終えてしまった。ただ、動きの少ない会話中心の芝居にもかかわらず2時間以上を飽きさせないというのには劇団の力量を感じた。
満足度★★★★
いつもと変わらぬトラッシュマスターである。今回のテーマはかなり複雑で基本的には表現の自由と、具体的には大麻の容認が大筋になっているが、議論の基礎として、日本語と言う言葉の特性とか、憲法と諸法制との整合性とか、演劇の舞台では即断できない問題を扱っているので、いつものように爽快に時代を斬るというわけにはいかない。2時間45分、いつもながら長いが、ひかかる議論とそれを明確にしようとする定義づけが輻輳して疲れる。劇中でも触れられるが、俳優も台詞が肉体化しているかと言うと、いささか疑問。戯曲としてももう少し整理したほうがいいのではないか。
満足度★★★★
オバサンは小難しい事はあまり考えたくない。基本こういう舞台は好きではない。演劇論から始まった会話は、やっかいな社会問題に変わって行く。かなり数の問題が家族の状態を露わにしていく。その絡み方は上手いなぁと思う。苦手だなぁと思いつつも、出演者の熱気に当てられ、舞台に集中してしまった。後から気づいたのだが、様々な問題の答えは観た側が考えろという事だろうか?最後の父親の選択が作者の答のひとつだとしたら、一般人は寒気がした。
満足度★★★
演劇を観て来た後に演出家の家で、入れ替わり、立ち代り人々が集い、現代の問題点について議論をする。物事には色んな側面があり、その人の立ち居地によって表情が変わる・・・・今回はちょっと詰め込みすぎかなと思ったのですが、ずっと舞台のテンションが高いので、見終わった後に最初の方がぼやけてしまいました。自分のせいかな(笑)
でも、気づかされることがたくさんあり、自分が思ってもいないような見方があって、大変興味深かったです。
満足度★★★★
鑑賞日2017/02/04 (土)
良くも悪くも中津留の世界(・・とは如何にも渋い評の書出しだが)。独特の演劇である。議論のためのシーンを回してる感は最近の特徴だが、演劇的リアリティの踏み外し感は以前からだろう。
ただ以前はB級映画的展開の面白さがリアルをすっ飛ばしてたのに対し、今は一場面一テーマという議論劇の形態がドラマの流れを停滞させている。(この点民藝に書下ろした「篦棒」は一つの問題軸が最後まで通った骨格のしっかりしたドラマであった。)
俳優の演技の質にも関係がある。ある場面でテーマが単一化してしまう証拠に、俳優はその時点のテーマに埋没し、人物の感情が議論の帰芻にのみ左右され、全重心を依存した彼らは声を荒げて嘆いたり怒ったりする結果となる。
単一テーマへの埋没ぶりが、リアルの対極に感じられるのである。
人物の貫通行動を眺めてみると、とった行動を事後的に説明(弁明)している事が多い。
これら皆、俳優の力量に依拠する所大かも知れないが、単調に見える感情表出は演出の指定か、人物描写の綻びを埋める手段という事も。
恐らく中津留氏は人物を泳がせて台詞を引き出していると思うが、各場面がドラマ本線との距離にかかわらず、均等に丁寧なんである。
議論の中で生まれる珠のような言葉も、長い伏線あっての意表を突く場面展開も、全体の中でくすんでしまっては何とも勿体無い。
満足度★★★★
鑑賞日2017/02/05 (日)
座席1階
中津留さんの新作を見たくて、久しぶりに東京に出てきた。舞台設定が特殊なのだが、ヘイト法案を軸にして展開する中津留ワールドは、今回も鋭い。曖昧さと軽さ、自分にだけ都合のいい言葉て空気が蔓延する今への直撃弾だ。相対する客席も相当な返り血を浴びる覚悟で臨む覚悟が必要だ。
満足度★★★
鑑賞日2017/02/04 (土)
ヘイトスピーチ、レイシズム、憲法9条、大麻の合法化などニュースで耳にするようなキーワードが多く登場する少々お堅い内容の作品。生きることとは何かを問いかける2時間半の内容はボリュームがあり見応えがありましたが、少し重い感じがしました。好き嫌いが出やすいストーリー、演出の作品ではないかと思います。
満足度★★★
基本的に、問題提起の作品は好きだし、それこそが演劇の本質だと思います。
そういう意味では本作品も<まあ、いい作品かも…>という事になるのですが、
最近のトラッシュの作風が演劇かどうかという疑問はまたもや増幅された。
<言語>から<自由の本質>、<ヘイトスピーチ><デモンストレーション><憲法>
<立法府><9条と平和の定義>果ては…
これは討論相手のいない「朝まで生テレビ」ではないのか?
居酒屋で口角泡飛ばして熱弁を振るう”左翼青年”の怒鳴り声を反論なしに素面で聴く会?
これもひとつの『形態』であるとするならそれも在りかなとは思うが、どうも琴線に触れない。結局は鬱陶しさを感じ、ともすると嫌悪の感情が生まれる。
「正論だ!聴けよ!!」といった押し付けがましさが<問題提起>を超えて訴えられる、観る者の自己・自我を大事にしない2時間半に耐えられなくなる。
扱うネタも回を追う毎に多くなる傾向にあり、煩雑さを感じる。
作品として<消化不良>ではないのか。
好きな劇団であり、演劇の高みを貫いている劇団だと思っているが、ここ数作は敢えて言えば演劇ではない。アジテートだ。これは寂しい。
満足度★★★★★
これまで見たトラッシュマスターズのステージの中で一番事件が起こらないものでしたが、非情なまでに人間と人間関係を相対化して描き、その上で、最近議論にのぼっているあれこれを取り上げながら「あなたにとって自由とは何か?」「あなたは自由に生きてるか?」「他人の自由を尊重してるか」と何度も問う、精神にきっつ〜い作品でした。