メラニズム・サラマンダー 公演情報 メラニズム・サラマンダー」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 5.0
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  • 満足度★★★★★

    今、日本の演劇界に必要なのはこのような作品だ。
     先ず、melanismという単語の意味が即座に分かる人は、多くあるまい。ヒトの場合は、メラニンが異常に沈着して皮膚や髪の毛が黒ずむ症状を呈する症例を指すが、動物の場合は、黒色素過多症を意味する。
     またサラマンダーは、サンショウウオも意味するが、大抵の人は、火の中に住んで焼けないとされた伝説の蜥蜴を思い出すであろう。だが、この単語には他に火・熱に耐えるものの意味もあり、転じて砲火の下をくぐる軍人の意味がある。何れにせよ、この言葉は、1953年7月以来、一応休戦はしているものの、小競り合いの絶えない朝鮮族の現代史を在日として生きる作家によって書かれた。(追記2015.9.1)

    ネタバレBOX

     舞台は、同一民族の中で夢や血や歴史やイデオロギーやパースペクティブやなんだかやが、煮詰まって一緒に来たハズの仲間うちにさえ、なんでこんな奴と一緒に居るんだ? 足が痛くて歩きにくいのも、こんなに疲れたのに止まれないのも、みんなこいつのせいじゃないのか? などと自問するように追い詰められてしまった彼ら自身のうちに蠢き、ますます肥大してくる黒い炎を上げる火蜥蜴、サラマンダーを内に抱えて生きる孤児に等しい境遇の少年を中心に進む。現在、少年は、黒色素過多症。即ち限りない歴史の負の部分を背負っている。呆けたような、現在の少年の位置に投げ込まれたのは、過去の彼自身である。幸いなことに彼の炎は、その頃、紅蓮であった。物語は、紅の炎と黒の炎との争闘とも取れるストリームと少年を囲む大人たちの、この状況下での日々の変遷を同時並行的に進めてゆく。この作品構造と訴える内容が、被差別者として差別を日常的に受け、時に逆差別と言われ兼ねない反応を示す他、有効な対応を持たない差別される側の暴発に、差別する側に居るハズの敏感な人々が傷つく、ということを繰り返さざるを得ないような苦く苦しく重い、が充実しているという幻想にすがりたい鑢のような人生を、狂わず、自殺もせず、考えながら生き抜いてきた。その、実感を劇化、シナリオ化して見せた、文化を信じる態度の作品である。
    By the way,戦争をする為の法は、何も安保法制だけではない! ということをどれだけの日本人が意識できているのか? 甚だ心もとない。実際、共謀罪、秘密保護法を始めとして教育基本法改悪、国旗国歌掲揚法、住民基本台帳法改悪、通信傍受法、周辺事態法、情報公開法の死文化等々、ちょっと思い浮かべただけでもここ十数年の間に国民を戦争へ追いやるために監視・公乃至国畜化するための法が次々と成立してきた。
     今作は、その涯に来る世界と世界観を表したような作品である。作家は、在日のマイノリティー、国籍は北である。被差別・差別を苦しみながら生き抜いてきた人間の孤独・孤立と論理を屹立させる他なかった生を結実して深く、尖鋭である。
     更に今作は、今までのMay作品と比較しても異色である。今までこの劇団の作品には日本の歌謡曲が多用されてきた。その用い方が頗る上手で、こんな捉え方、聞き方があったのか! とハッとさせられる新鮮でヴィヴィッドな聞き方・捉え方がなされてきたのだが、今作では、暴動に付随する様々な音、発砲音だの砲撃音だの、群衆のざわめきだのが、ずっと流れてくるだけである。 
     荒れ果て、戦いのみが続き、人々は難民化してあてどもなく彷徨う中、他人を殺したくもなければ殺されたくもない、と逃げ延びた7人が、落ち延びた廃屋が舞台である。だが、ここには自らをアンドロイドだと主張する女性(型アンドロイド?)が居た。彼女は、極めて鋭い論理で武装しており、グループ内で唯一元戦闘員であった男と対立する。そんな中で仲間が死ぬ。死の真相はどこにあるのか? を巡って疑心暗鬼が募り、ひと時の安寧を齎してくれたこの場所から出てゆこうとする者も現れる。無論、外に出れば命の保証はない。自らが生き残る為には、他人を殺さなければならないかも知れない。そんな状況を背負い続けながら、ヒトはどのように狂わずにいられるだろうか? 狂わなかった者は、どのような生き方ができるだろうか? 血を分けた者さえ、信じられない状況で、人は果たして人足り得るのか? という所迄問い詰めた作品として読むことは、今作に限ってはたやすい。それほど、深く、観た己を自問に追い込む作品である。作・演出の金 哲義の才能を称揚すると共に、在日日本人である木場女史の、聡明と豊かで暖かで信じるものを的確に選び出す優れた能力に対し、迷いの多い中、本当に労苦をねぎらいたいと思う。また、演技レベルでは、拳に傷を負いながら、そんなことを微塵も感じさせず、いい演技を貫いたアンドロイド役も褒めたい。無論、この劇団は他の役者の生き方のレベルも高い。

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