多和田葉子+高瀬アキ『魔の山』 公演情報 多和田葉子+高瀬アキ『魔の山』」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 5.0
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  • 満足度★★★★★

    第12回秋のカバレット
     今年12回目を迎えた秋のカバレット。多和田 葉子と高瀬 アキのコラボレーションだが、シアターXの宝と言われる演目の一つだ。何より表現する者としての2人が、毎年ベルリンから戻り、日本での公演を楽しみながら演じていることが、素晴らしい。

    ネタバレBOX

     良いか悪いかの判断は、兎も角、長い間男性優位社会が続いて来た極東の小国で、主でない分、自由で在り得た女性、それも現住地は海外の、という点でも彼女らの自己実現への渇きは、ヨーロッパ女性のそれより、現在強いかも知れない。当人達が構えていようがいまいが日本だけで暮らす多くの女性より身体感覚としてそのことに自覚的であろうとは思う。またヨーロッパの言語を日常の言葉として用いる為には、日本語でそうするより遥かに、己の態度、社会的位置を自問し続けなければならないのも事実だろう。これは、社会的にそうであるということよりも、言語構造が責任主体を常に明確に表現する以上、必然である。自分は、ドイツ語は全然出来ないので、詳しいことは分からないが、少なくともフランス語ではそうであるし、英語でもフランス語ほど明晰とは言えない迄も日本語より遥かに責任主体は言語構造上問われるのはお分かりだろう。
     一方、マイノリティーとして海外で暮らす際の様々な心象風景がある。3.12以降のF1人災事故に対するドイツ人の合理的問い掛けに、日本の核開発上のプロパガンダについては詳細を知らずに「愛国的」になる彼女達が居る。その半面、自らの置かれている状況そのものを遊んでしまう女性の頗る的に健全な精神的強さがある。
     こういった内外での生活体験前提の下、解釈されたトーマス・マンの「魔の山」は、刺激的かつ興味深い舞台であった。因みに中曽根 康弘が、改進党時代に日本で初めて、原子力利用に道をつける為の法案を成立させ予算を組んだことには、触れられている。その表現はデフォルメされ、揶揄され乍ら、危険性を告知してもいるわけだ。
     更にシアターXの公演では、公演終了後にアフターミーティングが催され、演じた者達と観客の質疑応答などがある。これも双方に効果を齎している。演者は直に観客の反応を聞き、観客は、不明な点、感想などを自由に述べることが出来るからである。このような試みを続けてきたこと、続けていることが、この劇場の質、演目の質、観客の質、演者の質と前衛性を培っているのである。

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