満足度★★★★★
ここ何年か
リオフェスは全作品見ている、と思う。
どれも素晴らしい、と思う。
どこにでもある話を、どこにもないような言葉と演出で、空間と戯れながら形作られているところが、素晴らしい。
設定も、台詞の重ね方も、非常に微妙なさじ加減が常に必要とされるけれど、
客席から観ているぶんには構成の複雑さは皆無、と思う。
女性らしい感性が生かされている、と言えば良いんだろうか。
男性的な構造の複雑さは影をひそめ、
代わりに感覚的な語りの微妙さが際立っている。
後期作品はそこに更に、何人かの男性演出家から取り入れたと思われる要素が、
光と影のように舞台上を交差する非常に完成度の高いものであるように思う。
それだけに、特に後期の実験的とも言われる作品の低い評価がとても気になるところでもある、ように個人的には思う。
寺山作品だと、個人の根元にある幼少期の情景が非常に香り立つため、
割とニュートラルな作品が個人的に好きな自分には
作品が凄くはあっても完全に同調できるかと言われると全くもって無理だけれど、
岸田理生作品はそうした臭いも割と少ないだけに、
逆に他者の強固な情念を客観的に多層的に演出することに長けているようにも思う。
ある種、昔語りの、異界を現前に照射する手法を分析し尽くした結果、
太田省吾やハイナー・ミュラーなどと結びついたと言って良いんだろうか・・?
この人の作品は、現代のハナシでも語りが昔語りのようである。
一見、台詞と台詞がつながっていないようで非常に繊細に結びついている。
21世紀に入って再発見された多くの手法は、
既に、より日本古来の土着の語りと結びついた形で、
岸田理生作品のなかに含まれているように感じられる。