マシュー・ボーンの『ドリアン・グレイ』 公演情報 マシュー・ボーンの『ドリアン・グレイ』」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 満足度★★★★

    ロマンスは金持ちの特権かもしれない。
    ロマンスは金持ちの特権かもしれない。カネがなければ,魅力的な男であっても仕方ない。ジェイン・オースティン『高慢と偏見』のことばには,真実がある。

    『ドリアン・グレイの肖像』におけるドリアンは,肖像と入れかわることで,自らの「美」の破壊を免れる。『サロメ』においては,ヨカナーンの首は,盾に載せられ牢から出て来る。サロメ自身は,兵士に盾で圧殺されている。

    『ドリアン・グレイの肖像』は,西欧において,抜群の知名度があるが,実在はしない絵画なのだろうか。ドリアンは,単に,女々しい美青年なのだろうか。永遠の若さと引き換えに,魂を売った男。ドリアンは,画像と入れかわりたいと願った。その願いは叶った。だが,醜くなった画像を見るに耐えられなくなる。永遠の美しさを持つことの意味とは何であろう。画像を自ら破壊すると,ドリアン自身も死んでしまう。作品の題は,どうして,『ドリアン・グレイ』でなく,『ドリアン・グレイの肖像』であらねばならなかったのだろうか。ドリアン自身は,心のどこかで,美しい芸術作品に自らがなってみたい衝動があったのかもしれない。

    『幸福な王子』『わがままな大男』という,童話にあって,オスカー・ワイルドは,センチメンタルな童話作家に過ぎない。しかし,実は,彼の本質は,そのようなメルヘンな世界を越えたところにあった。

    参考文献:オスカー・ワイルドにおける倒錯と逆説(角田信恵)

  • うむ
    ドリアン・グレイをダンス演技は私には合わなかったです。やはりセリフがあると分かりやすものがありますね。

  • 満足度★★★★★

    マシュー・ボーン『ドリアン・グレイ』を,Bunkamuraで観た。
    マシュー・ボーン『ドリアン・グレイ』を,Bunkamuraで観た。

    パンフレットによれば,マシュー・ボーンは,イギリス人だ。現代バレエと,現代ダンスのいわばクロス・オーバーする分野で最高の仕事をし,高く評価されているようだ。ダンスを始めたのは,意外と遅い。22歳となっている。バレエでは,『白鳥の湖』『くるみ割り人形』も見える。ミュージカルでは,『オリバー』が目に付いた。振付家であり,いわゆる演出家でもある。1960年生まれである。

    オスカー・ワイルドは,芸術作品には,倫理などはさほど意味もないと言い切っている。今回の上演作品には,原作『ドリアン・グレイの肖像』の名残は薄い。一番の変化は,肖像画を捨てて,カメラの世界に持ち込んだことだ。その方が,現代的な感じが出るからだろう。さらに,ドリアン・グレイが翻弄し,死んでいったロザリンド(シェークスピア)役が得意だった娘のイメージも一変している。しかし,バレエでもあり,ダンスでもあるマシュー・ボーン『ドリアン・グレイ』も確かに,本質としては,原作がきわめて忠実に生きている。すごいことだと思う。

    作品全体で目立ったのは,ほとんど下着姿で大ベッドの周辺を動き回る男女の集団といった感じだ。だから,これをそのまま子どもに見せて良いものではないだろう。しかし,ショッキングな演出を越えるものは,そのダンスの精緻なこととか,スピード感だ。これが実現できる理由のひとつは,全員が鍛えられた身体を持ち,ものすごくエネルギッシュだからだ。普通のひとは,ほんの少しの演技も真似できない。しようとすれば,心臓が破裂してしまいかねない。

    原作『ドリアン・グレイの肖像』は,私の読んだ印象では,さほど不道徳な物語ではない。むしろ,ロマンチックな点もある。しかし,オスカー・ワイルドは,確かに異常な世界が好きだ。『サロメ』は聖書からヒントを得たものかもしれないが,好きになった男につれなくされたから,王にクビをはねてもらいキスをするなどというクレージーな物語を平気で書く。さらに,作品を公開するにあたって,おそらく性倒錯作家として攻撃されやすかった人なのだと思う。でも,やっぱり『ドリアン・グレイの肖像』は傑作だと思う。

    素晴らしいものが観られて良かった。これを越える感動は,また,一から探すしかないだろう。

  • 満足度★★★

    二面性と軽薄さ
    19世紀の上流階級を舞台にした小説を、現代のファッション業界に置き換えてダンス作品としたもので、意図的に演出された(?)ダサさがセレブリティ達の軽薄な雰囲気を皮肉っている様に感じました。

    ファッション・フォトグラファーのバジルとファッション誌編集長のレディH(原作では貴族の男性)に見い出されたドリアンがモデルとして売れっ子にるものの、快楽に身を任せた生活を送った末にバジルを殺し、更には自身のドッペルゲンガーを殺すことによって自分も死んでしまう物語が、派手な音楽と照明を伴って描かれていて、台詞が無くてもストーリーが分かり易かったです。
    具体的な動きが多く、接触の多いエロティックな振付で、男性デュオならではのダイナミックなダンスが印象的でした。
    回り舞台の中心に大きな壁が設置されていて、片面はフォトスタジオを思わせる真っ白な空間、反対側は錆びた鉄の骨組みで、ドリアンの二面性を象徴していました。

    ドリアンがイメージモデルを務めるブランドの名前が『IMMORTAL』(しかも終盤では看板に書かれていた最初の2文字が消えてしまう)だったり、原作でドリアンが恋する、『ロミオとジュリエット』を演じる女優が男性バレエダンサーに置き換えられていて、プロコフィエフの同名のバレエ音楽で踊ったり、原作を知っていると更に楽しめる趣向がバランス良く盛り込まれていました。マシュー・ボーンさんと同じイギリス人のダミアン・ハーストやフランシス・ベーコンの絵をさりげなく引用していたのが洒落ていました。
    ゲイ的な表現で良くある、露悪的に古臭くてダサい感じに演出する表現が中途半端に感じられました。もっとビザールな感じが欲しかったです。R15指定の割りにはそれほど表現が激しいとも思いませんでした。

    残響の長いクラシック用のコンサートホールでの上演だったせいか、ビートの効いた大音量の音楽の音像がぼやけていたのが気になりました。一番最後の音も綺麗にフェィドアウトせずに途中で切れてしまったのが残念でした。

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