優しい劇団の大恋愛 Volume11『もっと愛してくれよ節』 公演情報 優しい劇団の大恋愛 Volume11『もっと愛してくれよ節』」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.5
1-8件 / 8件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    「優しい劇団の武蔵野演劇祭2026」最終日の『もっと愛してくれよ節』。優しい劇団の大恋愛シリーズはいずれもですが、俳優の身体だけで舞台上にあるこの企画の魅力が強く発揮されていました。

    ネタバレBOX

    舞台奥に閉まるシャッターや、2階席と地続きのバルコニーなどを俳優が使用し、吉祥寺シアターの縦に高い空間を、がらんと空洞にすることなく上に伸ばしていました。黒い空間に人が、下から、上へ、行き来し、空を見上げる。そこに打ち上げられる花火は高く、その先には真っ暗な宇宙が広がっていて、きらりと星が光る……そんな、劇場が宇宙に繋がっているような感覚。とくに新しい吉祥寺シアターの使い方ではないのに、人間の身体で宇宙を作りだすカタルシスをうんだ劇場での表現に、驚きながらも心地よく吸い込まれました。

    総勢20名の登場人物はいずれも力強く見ごたえがあり、俳優皆さんの力量の高さを実感しました。
    基本的には誰もが優しい劇団の演技スタイルを用いているため、出会ったばかりとはいえバラバラ感はなく、役者の「個を出そう」という力に引っ張られすぎることなく、作品としてまとまっていて充実感があります。一方で、数日~数か月かけて擦り合わせた作品ではないにも関わらず、俳優それぞれの個性がそこまで出ているわけではありません。それが大恋愛シリーズの特徴とも言えますが、続けた先にどう発展してくのだろう…という疑問もよぎりました。
    けれどその変わらなさが「優しい劇団的」であり、今回の「演劇祭」という設定と合っているのかもしれません。またCoRich舞台芸術まつり!応募文の「将来のビジョン」にある〝名古屋旅行の目的になる〟という目標にも合致していると思いました。
    1日で異なる地域の俳優が集まり作る創作方法・上演形態は、作り手にとって希望を打ち出せています。出会うこと、向き合うこと、立ち会うことで生まれる本シリーズの魅力を思えば、客席には演劇関係者(俳優)が多いように感じられたことも納得です。

    それらが観客にとっても希望になるかは強く断言できません。が、ひとつ作品として大きな発展の希望を感じたのは、1年前の同シリーズと比べて尾﨑優人さんの脚本の言葉が洗練されていたことと、劇団メンバーたちの佇まいが座組のなかで安定感を見せたことでした。
    とくに、複数のペアが愛を交わす設定のなかで、ストレートな表現ではなく、「きっとそれは愛なのだ」と感じられる一人語りに自然と引き込まれはっとする場面がいくつかありました。

    この大恋愛シリーズにしかできない貴重な試みのほか、優しい劇団としてほかにどういう企画をどういうバランスで打ち出していくかで、団体の今後が大きく変わるだろうなとわくわくしています。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    名古屋を拠点に活動する優しい劇団による大恋愛シリーズ第11弾。普段は別の土地で活動する俳優が公演当日の朝に初めて顔を合わせ、稽古、そして本番と“1日限りの演劇”を上演する試みです。
    今回は「優しい劇団の浅草演劇祭」から1年を経て「優しい劇団の武蔵野演劇」と題し、一人芝居に大恋愛2本という怒涛のラインナップを3日間吉祥寺シアターで上演。本作『もっと愛してくれよ節』はその最終日に上演されました。

    ネタバレBOX

    まず、名古屋を拠点に据えつつも地域を横断してこの壮大な企画を立ち上げ、連日大盛況でやり遂げられた気概とエネルギーに拍手を送りたい思いです。

    前日に上演された『夕焼け色のダイダラボッチ』は同窓会を巡るお話で、過去を懐かしみながら今を生きる人々の姿が描かれていました。それに対して、『もっと愛してくれよ節』は初の時代劇。キャラクターの名前や役職、流れているムードこそ時代劇のそれなのですが、内容はむしろ未来的、未来への願い、平和への祈りが強く込められた作品であると感じました。
    優しい劇団の持ち味である、ペアによる愛の言葉の応酬、愛が積もり、愛が重なり、それによって世界は変わるのではないかという願い、未来をよくしたいという祈り…。

    チラシに描かれているように、本作は「花火」がモチーフとなっており、冒頭からキャスト陣が口々に「たまやー」と叫びます。それに対し、綺麗な星があるのに花火なんていらない!と言う者が現れ、いや、花火は消えてほしくない!という者が現れ、いつの世も人は自分の信じる愛や正義に向かって突き進むわけで…。そんな愛らしくも偏屈なキャラクターたちが、今この瞬間に舞い上がる花火の如く熱烈に生きる姿を、文字通り見上げていました。

    物語のラスト、時を越え、国を越え、星まで越えて、軌跡が一つの愛へと帰結していく。その音を、始まり同様に俳優らの生声に託していたこと。それらに私は平和への強い祈り、反戦への思いを感じ取りました。1日で出会い、別れる俳優への手紙でもある台本、その手紙に全力で応答する俳優たち。そして、それらによって紡がれた風景の集積が、やがて舞台と客席を越境して、人々を同じ場所へ、同じ歌へ、同じ空の下へと誘っていく。そんな時間や空間が1日で叶えられるということ。そのこともまた、演劇という営みにおける一つの希望であると私は思います。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    「演劇の生産構造への反旗」

     名古屋を中心に活動する劇団が、東京の吉祥寺シアターで過去作品と新作を一挙に上演する企画である。私が観たどの回も満場の客席で溢れかえっており、劇団の晴れ舞台に多くが喝采を送っていた。

    ネタバレBOX

     初日の『北極星のがなりマイク』は、主催で作・演出の尾﨑優人が十数役を演じる一人芝居の再演である。地球ではない星や未来で演劇に携わる人々の葛藤を、老若男女を問わず1時間半かけて演じ続ける。全容を把握することが難しいほどにさまざまに設定が飛んでいくものの、口跡の良さにつられて最後まで見入ってしまった。ただ一人数役を演じ分ける変身の面白さに見入ったというよりは、尾﨑というエネルギー溢れる演劇人の魅力の提示にとどまった点が惜しい。

     二日目は出演者の顔合わせと稽古、そして本番を一日で敢行する「大恋愛シリーズ」のVolume10『夕焼け色のダイダラボッチ』である。ひさびさに開催された「大同窓会」に集う人々の邂逅は、トイレの花子さんと理科室の標本の対話、先生に憧れる女性とじつは先生のフリをしていた男子学生の再会など手数が多く面白い。ただ皆大声でまくしたて身振り手振りの大きな芝居は変化に乏しく、言葉遊びと詩的な展開はどうしても先行作品を想起させてしまうものであった。そんななか生徒を演じた今井桃子の、憧れの君になびく様とその後の激しい芝居のギャップがいちばん印象に残った。

     さて三日目の大恋愛シリーズVolume11「もっと愛してくれよ節」は、まず幕開きで暗闇のなか出演者一同で花火があがる様をオノマトペで表現していたところに意表を突かれた。やがて「幸せという名の、遠い国」「こころ、休む場所にゆきたいよ」と合唱しながら皆で姿を表すところに期待が高まる。劇団初の時代劇という触れ込みで花火を「偽物の星」と嫌う江戸幕府天文方(永島敬三)や花火が消える様を嘆く花火師(千賀百子)、すべてを手に入れたはずなのに郷里の母に渡された傘を大事にする悪代官(黒澤多生)に、愛のために盗みを働く義賊の鼠小僧(佐藤新太)まで、さまざまな登場人物が「愛」について怒涛の台詞を交わしていく。現代で言うところの自己承認欲求の発露を外題に込め、さまざまな登場人物が歌い上げながらやがて花火があがる様子を見守るのだが、当然ながら帰結まではなかなかに飛躍が多い。悪代官の「傘」と「かあさん」の言葉遊びにピュアネスを感じる場面など趣向は尽きないのだが、Volume10同様にペアで展開する構成やシャッター、劇場通路の利用など目新しい演出はなかった。客席の反応もVolume10ほどではなく全体を通して芝居が上滑りしていたように思う。

     この企画を通して感じたことは、「大恋愛シリーズ」の可能性と課題である。普段は別の場所で仕事をしている俳優たちが集い、数時間かけて稽古し、スマートフォンの音楽をBluetoothスピーカーで流し工事用ハロゲンランプを照明にして本番を打てば、作品として成立するということをこの企画は証明している。力のある俳優と最低限のスタッフワークが揃えば、ごく短期間であっても芝居ができるということは、多くの演劇人、演劇ファンにとっての希望のように映る。長期にわたる分業体制の演劇の生産構造に対する反旗であり、加速するばかりの現代社会に見合った活動ともいえよう。

     他方で俳優の芝居が大仰な身振り手振りと大声という類型化したものになりがちであり、演じる姿が一人芝居での尾﨑のそれを模倣しているように見えてきてしまった。作劇もまた登場人物のペアの小話を広げた群像劇という形式に陥りがちであり、ドラマを堪能する暇を与えない言葉の羅列の先に作者のピュアネスと演劇愛を感じる、というパターン化したものになっていた。この劇団の活動に賛辞を送る観客が少なくないことは心強く思う一方で、作品の成熟を目にすることが叶えばという思いもした。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    素晴らしかったです。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    ほんっとに愛にまみれた90分間。一日で作るからこそ役者の心からの叫びを聞けるのかもしれないと思いながら見ていた。
    優しい劇団にしか出せないこの形と熱量素晴らしすぎました。ありがとうございます。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    前日の「夕焼け色のダイダラボッチ」が過去と現在を描いているとすれば、本作「もっと愛してくれよ節」は未来を描いている。優しい劇団 初の時代劇と謳っているが、登場人物の名前や衣裳がそれらしいだけで、あまり時代劇(情緒)という雰囲気はない。むしろ 劇団の特長でもあるスピードとパワフルさを活かして力強く紡ぐ。物語は、2人ずつ9組(それに瓦売りのばんちゃんと戯作者を加えた全20名)がそれぞれの愛を語らうという形で展開していく。

    冒頭、出演者がそれぞれ「たまや(玉屋)~」と叫び 上(空)を見上げる。なぜ夜空に輝く星々があるのに、一瞬で消えてしまう花火を打ち上げるのか。それが地球(平賀源内が登場するから江戸時代のようだが、あまり時代は関係ない)のみならず宇宙という壮大な世界と結び繋がっていく。星は 遥か昔の光が 今地球で輝いて見える。花火だって 今は一瞬で消えるが、何十年、何百年もっと先の時代で一瞬の輝きが見えるかも…。愛だってその時代に結ばれなくても、遠い将来にまた出会い愛するかもしれない。

    前作同様「出演者の顔合わせから本番まで、出会いと別れを一日で行う「大恋愛」シリーズ」、その謳い文句のような言葉「たった一日しか会えないあなたを想って書いた 愛の言葉の弾丸が心臓を撃ち抜く‼」。舞台構成と演技の観(魅)せ方は、基本的に同じだが、設定(時代)と役者陣が違うと やはり全然違った雰囲気になる。役者の演技力や魅力を十二分に引き出す演出はみごと。自分は本作のほうが好み。
    (上演時間1時間30分 休憩なし)追記予定

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2026/05/10 (日) 19:00

    たまらん‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎

    一日だけの稽古と侮るなかれ、劇場の使い方も、役者の輝きも、台詞の練度も、前説から後説まで、この日一日のために各々積み上げてきたものを物語ってました。一日だけだからこその輝き!まさしく花火!

    ネタバレBOX

    ・「欲求という名の二輪車」天才的なギャグ
    ・平賀源内の手作り小道具すばらしい!この日のためにここまで!
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    正直、この劇団さん、今まで見たことなかったんですが、この三日間見てみてなんかわかってきた気がする。

    最初はなんか柿喰う客を高校演劇のスタイルに落とし込んだように見えたんですが、見ているうちに違うな、と思った。

    ネタバレBOX

    観ていたら凄い2020年代っぽいと思いました。

    ダンダダン展行ったあと吉祥寺というのもあるのかも。

    5月上旬の東京にいるということもあると、いろいろと考えるきっかけになることが多かった気も。

    自分のなかで今回見た優しい劇団の公演をみて近いなと思ったのは柿喰う客でした。そして柿喰う客に改めて近いなと思ったのはYBAとかで、かなりドンピシャなのはトレイシーエミンというか、トレイシーエミン的人生物語を能的な型に入れてキレのある身体表現に落とし込んで高速展開したのが柿喰う客のような。そこから日本アニメの異物回収力と合体して、ゼロ年代的過剰感と90年代的オカルトを流し込んだのがダンダダンからの柿喰う客とダンダダン的な勢い異物回収で同時進行的物語が同時高速展開する優しい劇団のやうに見えた、というか。

    全てが繋がっているというか、5月の東京に異物回収力のある優れた作品が並んだから、共通点が目についたとも言えますが…大丈夫ですかね。

    柿喰う客はなんかYBAと能的な影響がかなり大きいようにもみえて、トレイシーエミン的な人生展開力と幽玄さみたいなのが物語に落とし込む影響が大きかった気がする。

    それがダンダダンで柿喰う客的高速展開で異物を回収するノリを昔のうる星やつら的なノリと合わせたようにして別々の時代のノリを混合してポップに提示することに成功。

    そこからの優しい劇団的な。もちろんそれらが全てと言うわけではないですが、その結果極めて2020年代的な異物回収複数同時高速展開演劇になった気がします。

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