女のほむら 公演情報 女のほむら」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 5.0
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  • 満足度★★★★★

    カルマ
     黒一面の舞台は至って簡素で、上手下手にシンメトリカルに竹が据えられ、中央奥には、扇の骨状に孟宗竹を配し、其々の骨に絡むように半円、或いは螺旋に殺がれた竹があしらってある。無論、これは、焔のシミリだ。更に床面には、各々二組ずつ観客席側を除く三方に、孟宗竹を丸太状に切り、枕に竹をあしらったオブジェが並ぶ。実にシンプルな舞台だが、役者陣の演技や存在感を高めて効果的である。音響も一工夫が為されている。通常の人工的に作られた音以外に、原始的な楽器や、動物の鳴き声を真似た狩人の発する音のような声が、観客に不思議な感覚を目覚めさせる。 
     主人公、高橋 お伝は、明治政府の道徳政策によって”毒婦”のレッテルを貼られ、仮名書 魯文作「高橋阿伝夜刃譚」で一躍、悪女として有名になったが、本当に人口に膾炙した俗説は正しいのか? ファーストシーンでは、この俗説を真っ向から否定するように、快活で利発、判断力の非常にしっかりした意見のハッキリ言える女性としてお伝は登場する。因みに今回の舞台でお伝を演じる女優は三人。一人の女の中にある様々な要素を身体化する方法としてのキャスティングだ。

    ネタバレBOX

     十六歳で親の決めた縁談を受け入れ婿を取った伝であったが、夫は、父と密約を交わしていた。夫の実家は旅籠を営んでいたが、将来は義父から酒作りを教わり、実家へ収めるという話になっていたのである。而も、婿入り先は農家であることを重々承知して入ったはずの夫から、野良仕事をしない理由に以上の話を聞かされた上、自身の出生の秘密を知らされてしまう。伝は高橋の子では無かった。実際には、国家老に懸想された母が、家老宅で下働きという名目で囲われた際にできた子だと言うのだ。この話は、村中の誰もが知っていることで知らないのは伝ばかりだと。伝は、夫の器量の狭さと「伝の器量が悪ければ破談にするつもりだったが、美しかったから妻にしたまで」と言われて離縁を決意する。そして、直ぐ実行に移すのである。
     その後一旦は、実家に戻っていたが、何時迄も親に甘えてもいられぬ、との思いからか、近場で人の多く集まる高崎へ出て働くことになった。ここで、偶々、母に恋していた博徒に出会い、彼の気持ちを受け入れて、渡世人の連れとしてあちこちを渡り歩くことになるのだが、何十年振りかで立ち寄った彼の故郷の賭場で彼はいかさまを見抜き、逆に地回りに捕まえられ、警察に逮捕され、簡単な審議の後絞首刑に処されてしまう。伝が彼の死を知ったのは、絞首刑後であった。こうなってしまえば頼るべきは、働いていた所だけである。伝は、戻る。処刑された博徒は母を恋した男であったから、年は20歳程も異なろう。然し、惚れてしまえば年の差などものの数では無い、という一途さが伝にはあった。美貌に恵まれ、悧巧でもあった伝だが、生い立ちや男運は恵まれたものではなかった。生涯に惚れた男は三人居たが、その何れとも悲しい別れを告げている。二度目に惚れた男は、子供の頃から憧れを持っており実家に戻っていた時に再会した紺屋の次男坊、波之助であった。二人は、恋仲になり、やがて結婚するが、その幸せも二年ほど続いただけであった。夫の体に異常が生じたのである。病の名を天刑病と言う。つまり癩(ハンセン氏病)である。癩は、感染症だが、伝染力が弱く、幼児のようにまだ免疫力の弱い者にしか感染せず、潜伏期間が非常に長い為、遺伝的疾患と考えられた時代があり、根深い差別の対象となった。而も、因果応報の考え方に影響された俗説が信じられていた為、前世での悪行の結果、現世で体が腐る業病に罹ったと考えられたのである。このことが、何を意味するか、明らかである。親族・眷属を含めての差別である。だが、医者でも無い恋夫婦には最初の兆候が現れた時、その深刻さが分からなかった。痛みも無く、ただ、鼻梁の横が爛れただけのようであったので、大して気にも留めず、民間療法で茶を濁していたのだ。が、時が経ても爛れは改善せず、今度は鼻梁の反対側にも同様の爛れが出来て、どうあっても医者に診て貰おうとの伝の意見を聴いた波之助は、漢方に詳しいと評判の和尚に診立てを頼む。和尚は見るなり、恐らく癩であると告げるが、自分も専門ではないのでもう一度、ゆっくり調べるから二~三日様子を見ようということになった。本などを当たって詳しく調べ直してくれた和尚の結論は、矢張り癩であろうとの診立てである。夫は絶望的になるが、伝の説得で、横浜に来ている宣教師、ヘボンが治療に当たっている感染症専門の治療院を訪ねることになった。この治療院は、和尚が紹介してくれたのである。伝の父が、土地を担保に借りてくれた金七百円と夫、波之助の実家が用意してくれた四百円を持って、夫婦は横浜に居を移す。然し、直後、ヘボンは、所用で米国へ帰国してしまう。代わりに治療は、日本人医師の平山に引き継がれるが、特効薬は愚か有効な治療法すら確立されていなかった時代に病の進行を止める術などあるわけもなく、病状は悪化の一途を辿り、二人は金銭的にも追い詰められてゆく。更に病の進行と共に、波之助の体は内から突き上げるような鋭い痛みに苛まれるようになる。然し、持って来た金も底をついた。平山の求めに応じて伝は体を開く。然し、それさえ長続きはしなかった。薬品が少なくなっていることを感づかれてしまったのである。伝は、もし秘密を明かせば平山の所業も明るみに出すと脅して平山の口を封じ、体を売って薬代を稼ぐが、藁をも掴む気持ちで尽くしても、波之助の病状は悪化の一途を辿る。夫の薬代を稼ぐ為に体を張った伝であったが、老舗割烹の仲居として働きながらのことでもあり、馴染み客相手の売春である。噂が広まっては追い出されるような暮らしであった。結果、河岸を変え転々としたのである。流れ着いたのは川口であった。宿場町として栄えたこの町は今でも小江戸情緒が残り、人気のある町だが、当時も人の出入りの多い賑やかな町であった、偶々、一夜の宿を頼んだ小さな旅籠で、宿帳に記名を求められた折、通常、偽名を名乗っていた伝は、本名と故郷の本当の住所を書く。女将は、これを見て、自分には母の異なる妹がいたのだと気付き、伝を歓待する。伝が出立する際には二百円もの大金を授け、いつでも又立ち寄るようにとの温かい言葉を添えた。苦しい情況を独り必死に凌いで来た伝には、不思議な縁の姉の温かさが身に沁みた。
     姉に貰った二百円の金も夫を助けることはできなかった。波之助は、治療の甲斐無く他界してしまう。一年後、川口で世話になった姉をに伝は訊ねた。然し、旅籠は閉じられていた。近所の人に事情を訊くと、どうやら姉の情夫が姉を殺害し、金目の物を売り払って逐電したらしい。伝は姉の恨みを果たそうと決意する。
     だが、伝は、この時三度目の恋をしていた。相手は小間物を扱う商人であったが、伝と暮らす為に、手狭な実家に住んでいた両親を殺した男であり、二人で地獄に落ちようと誓った恋人だ。名を一太郎という。
     ここ迄書けば、後は、観て、伝の生涯に思いを馳せて欲しい。男社会の中で美しく、賢く、力の無い女が、どういう風に生き、どういう具合に殺されたか。それをじっくり観て欲しいのである。

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