口いっぱいの鳥たち 公演情報 口いっぱいの鳥たち」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.5
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  • 実演鑑賞

    上演会場で席につき、当パンを開くと、詳細な公演資料が掲載されていました。原作戯曲が下敷きにしたギリシャ悲劇のあらすじ、演出家コメント、翻訳者コメント、原作の研究者のコメント、配役表、用語解説、etc。それに加えて、有料パンフには更に詳細な資料が掲載されており、印刷版と、安価なデジタル版も用意され、丁寧に「解説する」環境が整備されていました。それらを踏まえても、やはり「難解な戯曲」であることは間違いないと感じます。1986年に英国で書かれた原作戯曲も、かなり実験的、かつ前衛的な創作だったのでは…と想像。複数の登場人物たちの日常が断片的に構成され、そこに多くの身体表現も加わり、いわゆる「目の前の物語を追いかける」形の観劇スタイルだと、なかなかに追いつきづらい戯曲です。ただ、だからと言って、つまらない上演ではありませんでしたし、後半の途中から僕なりに掴めたこともあり、刺激的な観劇体験でした。資料によると「憑依」がテーマにあるそうで、理屈では理解できるものの、僕には「社会集団の狂乱」のようなワードが頭に浮かびました。狂気の源は、人か、社会か。終演後には、登場人物たちの背景に潜む、社会や集団について考える時間が長かったです。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    キャリル・チャーチルという英国女性の書き手を知ったのは、書物の中で著名劇作家の一人として紹介していた事からであったので、過去の人という認識だったのだが、実は息長く第一線の人であるらしい。昨年漸くその上演を初めて観て、その挑戦的な筆致と筆力を知るに至り、この度は注目の女性ユニットによる舞台という事で楽しみに待った一人である。
    もう終わってしまうが、お勧めの舞台。
    とは言え、晦渋なテキストである事、そのため、少々狭い客席が苦痛となる時間はあるかも知れない事を、お断りする(休憩はあるので大丈夫・・つってももう公演は終わるけれど)。
    難解ではあるが、舞踊をバリエーション豊かに組み込んだり、演出の妙で刺激的な時間となる。以前観たシヅマの「最後の炎」が同程度に厳しいテキストながら演出の妙で最後まで観られた感じに近い。折り重なる言葉が最後には深く心に沈潜して小さく発火する。
    トークによれば本作はキャリル氏が別のもう一人の脚本家と振付家、そして俳優たちとのワークショップによって作り上げた舞台で、「その時その場所その俳優たち」との作業によって成立した上演であったらしく、書籍化もされていない(恐らく上演記録だけはあった)作品を翻訳作業から立ち上げようとした企画であった模様。
    ここに書いてしまえば、英語版台本の翻訳監修として松岡和子氏に相談した所、以前とある学生二人がキャリル・チャーチル研究の一環として本作を翻訳したものを送って来ていたとの事。これを底本に借用し、難解な本作の台詞の背景や文脈解釈を試み(出演もした岩﨑MARK雄大氏も当初から関わった一人という)、複数のキャリル研究者たちにも質問を投げ、舞台化を模索し、伊藤キム氏の振付の力も借りて上演に辿り着いたという苦労話が、若い研究者である金田迪子氏をゲストに展開。真摯な研究姿勢が窺えるような語り共々興味深く聞いた。
    ウエストエンドスタジオも久々確か3度目の訪問で、地下の立方体に近い四角い箱のコンクリの土間へ、幅広めの階段で下り、二面、四段の客席の一角に収まる。ひしめいている。そして開演。豚に恋をするビジネスマンの話、アル中治療中の娘と母のくだり、性的異形の身体を持つ男(女)の二度と訪れない只一つの恋の告白・・また本作がモチーフとしているらしいギリシャ悲劇「バッコスの信女たち」の断片など象徴的な場面たちも織り込まれていたようである。ワークショップから立ち上げた複数の筋から成る作品でも、高度なテキスト構成及び演出手法で一演劇作品に昇華され、東京藝術大学出の変人たちの立ち姿を面白く見る事ができた。

    ネタバレBOX

    藝大と言えばやはり音楽と、美術が柱となっていそうで、まりの氏は美術系だろう。他の方の専攻は知らないが、演劇に進路変更する者は変人と自称するに値するだけある「変わり種」なのだろう。この共通点が本ユニットの由来と知ったのは最近の事で、肝心な部分を知らずにこの製作体を眺めていた。といって見え方はさほど変わらないが、同じアート志向が演劇へとカーブを描いた経歴はやはりそれなりに興味深い。引き続き活動を望む。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    「なにかを抱えたものたちの葛藤」

     イギリスの劇作家キャリル・チャーチルとデイヴィッド・ランが1981年に発表した舞踊を伴った芝居の日本初演である。

    ネタバレBOX

     上演開始後に客席正面向かって前方の階段から、花嫁衣装のようなレースの白装束(伊藤キム)が降りてくる。両手を広げ上下させたり腰を少しくねらせたりという動きからシャツがはだけ肌が露わになるという、際どくミステリアスな幕開けである。

     以降はウサギの皮剝ぎに苦悶するリーナ(荒巻まりの)、洗練された口調で仕事の電話には応対するものの素は南方なまり丸出しのマーシャ(滝沢花野)、父親から男性性を強いられたことにどこかやりきれない思いを抱えているデレク(木口健太)、アルコールにおぼれがちなイヴォンヌ(鹿野真央)、デキるビジネスパーソンを演じているポール(岩崎MARK雄大)、牧師のダン(伊藤キム・二役)、そして目がうつろで感情の起伏が激しいドリーン(西田夏奈子)、以上7名の挿話が断片的に描かれていく。途中で冒頭の白装束や仮面をまとった人物たちがコロスのようにして舞う場面が挟まれる。

     話があちらこちらへと飛び、出演者が主だった役以外にも数役兼ねるという入り込んだ構成のため、当初は観続けることに過度の集中を要した。しかしこの作りに慣れていくと、因果や伏線を頼りにしない、ただ目の前で描かれていることに集中することがこの芝居の眼目なのだということが分かった。立場や属性はバラバラだが、登場人物たちは皆なんらかの葛藤を抱えており、なにがそこまで皆を抑圧しているのかということを観客に考えさせる魅惑的な仕掛けが随所に施されていたように思う。

     内容の重さに引っ張られたためか全体を通して重苦しく、笑いが起こる場面が盛り上がらなかった点は残念である。また音楽がやや説明的だった点が気になった。

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