満足度★★★★
今やる作品
あの震災を忘れないためのアプローチ。シンプルな装置と演出は、全国どこにでも持っていける工夫でしょうか、見るものは登場人物しかないので自然と注視して、また舞台空間に何もないその寂しさと被災地を重ねたりして想像力膨らみます。大きな被災をしていない人の体感した、したであろう3・11。不謹慎と切実さの間で揺れる物語に非常に共感しました。一方でわずか一年で何だか過去の話となって遠くなってしまったような感覚があり、一方で確実に震災以前と以後で変わった意識があり。折りしも東京公演の千秋楽日は、脱原発の国会包囲集会も行われていて。2012年に上演されるべき作品だなと思いました。
満足度★★★
リアルな体験だけに・・・
「架空の劇団」の代表くらもちひろゆきさんの3.11体験をベースにした話。
あの日、常磐線が止まってしまったので居合わせた人々に声をかけ
目的地いわきまでタクシーで移動することになった男(くらもちひろゆき)と他の乗客5人。
親切なタクシー運転手と共に被災地を抜けて走り続ける・・・。
7人の役者が7つのパイプ椅子だけを使って演じるロードムービー(?)。
被災県に住みながら“大して被災していない”人々の微妙な距離感がリアルだが
その体験が事実に忠実であればあるほど、現実の方がそれをはるかに超えている
という事実を意識せざるを得ない。
テレビのドキュメンタリーでくり返しあの日の惨劇を見た私たちにとって
“大して被災していない”人々の実話はどうしてもぬるく退屈に感じてしまう。
違うのは、彼らが「深刻な被害を受けた人々に近い場所で暮らしている」ということだ。
この申し訳ないような、近くて遠い距離感が何としても拭えないというのは
ある意味とても繊細な、そこに住む人ならではの心理だろう。
アフタートークでも「地元では、観客とそれを共有していると感じた」と語っている。
だが演劇としては若干インパクトに欠ける。
今回作・演出に、くらもちひろゆき・畑澤聖悟・工藤千夏と3人名を連ねているが
アフタートークで語られたように
もともと2時間程あった脚本を1時間半にし、
「走れメロス」を伴走させる演出や、
「ふくいち(福島第一原発)」を見下ろすシーンを入れるなど
かなりの演出が畑澤・工藤両氏によって加えられている。
それらの演出と役者陣の良さが心に残る。
タクシー運転手役、加藤隆さんの自然な職業人らしさが際立っていた。
いつもながら年齢不詳少女を演じた音喜多咲子さん、
大人に対するクールでぶっきらぼうなコメントの間が完璧。
乗客の中で、この少女だけは本当は亡くなっているのではないかと思わせる
不思議な存在感と喪失感を漂わせて素晴らしい。
この人が存在する限り、なべげんに子役は要らないだろう。
演じる畑澤聖悟さんを初めて観たが、やっぱり面白いひとだなあ。
くらもちさんと畑澤さんが兄弟のように似ていて(頭も)可笑しかった。
もし、この体験をベースに100%フィクションで芝居を創ったら
また違った説得力を持つような気がするが
たぶんそれでは”中途半端な被災者”の忸怩たる思いが永遠に消えないのだろう。
私は、なべげんの「翔べ!原子力ロボむつ」のように
刻々と変わる現実に追いつき追い越すかのような“俯瞰する視点”こそが
忘れん坊の私たちにあの日を思い出させるきっかけになると信じている。
そういう作品を被災地が発信することに意義があると思うし、それを共有したいと思う。
満足度★
う~ん、これはちょっと…。
震災当日に演出家が遭遇した出来事を(ほとんど)そのまま
作品化したもので、そのため、事件らしい事件も起こらず、
淡々と進む。それを興味深く観られるかで、この作品の
評価は決まって来るかと思います。自分には無理でしたね。