海と日傘 公演情報 海と日傘」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.8
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    日常の中の心の機微を繊細に描いた戯曲と、解釈を観客に委ねるような演出とが共鳴するように心に響く作品でした

    うだつの上がらない冴えない男を演じる大野拓朗さんも新鮮で、もっと大野さんのストプレを観てみたいと思いました

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2025/07/16 (水) 13:00

    静かな演劇というものを味わいたくて、戯曲『海と日傘』を読んでから観劇。文章で読んだ時には伝わってこなかった行間に仕組まれたあれやこれやが、舞台上でまざまざと浮かび上がる様子に、舞台の為に書かれた戯曲という物の力を見せつけられた思い。舞台美術を究極のシンプルに振り切った演出の桐山和也さんの覚悟に感服いたしました。著者の松田正隆氏の長崎への思いは切り離せず、美しく光りながら揺れるカーテンは生と死の間なのか、それとも海の底なのか…

    ネタバレBOX

    しかしこの舞台、妻の直子の余命僅か…の部分を除けば、ごく日常の、どこにでもある夫婦や隣近所、職場の人間関係の会話劇で成り立っています。
    被爆の影響で死にゆく妻を看取る夫の悲劇、と単純に受け取るには惜しい。
    ごくその辺にある人と人の言葉のやりとりの中の行き違いや隠された本音の、『あるある』な会話を観客はそれぞれの実体験と照らして楽しむのが面白いし、この舞台はそれを観客に求めていると思う。
    煮え切らないのに何故かモテる主人公の洋次を大野拓朗さんが好演。妻に愛されてそこに甘えているダメ夫だけど何故か憎めないキャラ。いろんな人に詰め寄られて(詰め寄られた気持ちになって)目を泳がせてフワフワしながらも、妻を想う気持ちは演技の強さ重さで伝わって来ました。

    余命3ヶ月の妻を南沢奈央さんが、黄色い花柄の衣装で最期まで元気そうに、健気に夫に愛を傾けて命を全うする姿には、涙が溢れました。清純で高潔…そこに昭和っぽさもあってぴったりの配役だと思いました。

    瀬戸山夫婦役の斉藤淳さんと阿南敦子さんはテンポ良く座組を引っ張っておられたし、編集者の吉岡役の小川ゲンさんは、台詞の間が上手くて何故か心に刺さる。オーディションで役を勝ちとったと言う多田役の松田佳央理さん、柳本役の小川幸人さんも好演されてました。プロデューサーの佐藤玲さんも看護師をさらりと演じておられて、目線動きと声の通りは流石だと思いました。

    複数回観ると、また違った発見があって、本当に奥深く面白い舞台でした。
    楽しめました…観て良かったです!!

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    鑑賞日2025/07/15 (火) 13:00

    往年の松竹映画に通ずる(私見)「全てを語らずな奥床しさ」が特徴的な戯曲だが、2012年の SPIRAL MOON は「劇」小劇場、2018年の えうれか は古民家ギャラリーしあん と、いずれも小規模な会場での公演で具象的だったのに対してこちらは広めの舞台空間に畳6枚とその周りの「どの側からも縁側に使える」黒い板の間的な正方形の装置のみなのでかなり印象が異なる。
    好みは別として演出・装置によってここまで変わるのか、というのが舞台演劇の面白いところ。早くも次回公演に期待。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    ネタバレ

    ネタバレBOX

    松田正隆『海と日傘を』観劇。

    1996年に岸田戯曲賞を取った作品

     長崎に住み、床に伏せることの多い妻と教師をしながら細々と作家を営む夫。大家夫婦や医者、雑誌編集者を囲みながら、ゆっくりと時間は過ぎていくのだが…。

     今では観る機会の少ない松田正隆の戯曲で、前後して平田オリザが岸田戯曲賞を取っている。
     1990年代の演劇界は、80年代小劇場の勢いが下降し始め、若者たちが離れていく中、口語演劇が狼煙を上げ、小劇場ではなく、演劇として評価され始めた時期だ。
     平田オリザの口語演劇に感情を揺さぶられることは無いが、松田正隆に描かれる日常に、少なからず80年代小劇場の匂いを感じ取る事が出来、劇的なるものが隅々に存在している。
     余命3ヶ月の妻と最後の旅行をする夫の下に、元雑誌編集者の女性が現れ、ふたりの間柄を察知した妻が、突然止まってしまったかのように、死の世界に導かれ、白日夢の夫は妻に永遠の愛を約束するという流れだ。演じる俳優陣もかなり強者ばかりで、主人公だけが物語の軸ではないと言わんばかりに、各々が強烈な役柄を演じている。
     余計な情報を一切与えず、静かな日常を延々と切り取っているだけと思い込んでしまい、物語に妄想に妄想を膨らませるも、瞬時に割ってしまう作劇の巧みさには唖然としてしまった。口語演劇と80年小劇場が見事に混じり合った傑作である。
     初演を観ずに、今観たからこそ、このような感動を得ることが出来たのだろう。
     大傑作である!
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    普通に暮らす人々にとって、本人の人生にとっては大きなことだが、それ以外の人にとっては流れていく日々の生活の断片であることを鮮やかに切り取った前世紀末(1996)の名作の再演である。作者は存命だが、新進の演出家桐山知也による本をそのまま渡しての再演だろう。
    ビニール幕に囲まれた畳敷きの部屋に座卓が一つ、だけの簡素な舞台装置である。幕外に俳優は常にいてシーンによって登場する。効果音は海に近いこの家に聞こえる波の音。外洋は意外に近いらしく時に高い。これ以外は特に役に戯曲以外の注文はなさそうで舞台は戯曲に従って淡々と進む。生命と向き合う日々がテーマだから、後は戯曲と俳優たちの舞台がどれだけその場の観客に伝わったか、というところが勝負(観客のそれぞれの満足度)である。
     成功したところでは、全編の長崎言葉がよく統一がとれていた点。禁欲的な美術は、ときに現実感(戯曲は細かく日常を描いている)を損ないそうになるがよく耐えている。
     問題点、有名なラスト近くの虹の中の夫婦のシーンだけ妻を上手中段の客席の通路に出して立たせて居るが、、ここだと約三割の客は台詞ごとにクビを振らないと、台詞を口にするそれぞれの俳優を見ることが出来ない。これはちょっとした致命傷である。
     そのほかの問題点ではキャスティング。こういう繊細な本になると俳優の責任ではない地の肉体の形が影響する。ちゃんと考えてはいる南沢奈央には酷だが、三ヶ月と余命宣言されている女性には見えない。作者は別に薄命の人を見せて涙の種にしようとはしていないとが、設定に合わせるのも俳優である。演出が若いと言い出せないこともある。大野裕郎も、何か今時の若者で、努力は分るが生命が終わる者の傍らにいる実感が伴わない。隣の夫婦は逆に型どおりにハマりすぎ(じゃぁどうやればいいの!と問われると答えはないが、それを考え納得させるのも見せる側の責任でもある、)。
    庭の木の剪定をするシーンなど一工夫欲しいところである。作者はテーマに沿ってちゃんとこのシーンを考えて書いている。
    などなど、注文は出てくるが、この戯曲は観客も含めて難しい本なのである。七分の入りといったところだがまずまずの所だろう。


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