期待度♪♪♪♪
定義 は
ソフォクラテスの「エレクトラ」は読んでいないが、「オイディプス」は、盲いた後、その身体感覚はどう変化したのだろうか。見えていた時と何が変わり、何が変わらなかったのか、という問いである。無論、彼は頭と尻とを区別したであろう。然し、見えないという意味ではミミズと同義である。(余りに乱暴な見方ではあるが)だが、ミミズとオイディップスの違いは、脳と身体の関係性の差にある。つまり、ミミズでは神経の束に過ぎないものが、人では脳迄発達し、大人では体重の数十分の一の部位が人間活動の全エネルギー中20%を用い、他の各部位に指令を与え、反応を制御し、リアクションを捉えて、通常は正常値の範囲に維持しているのでる。言い換えれば、我々の身体をどうとらえるのかについての定義である。この点ではヴァレリーを考慮すべきかも知れない。他の身体論者は傍に置いて。アルトーなどは、この際、ミミズ的な生命を考えるのに役立つかも知れぬ。
ヴァレリー流に考えるのであれば、身体とは脳と他の肉体構成要素との関係だ、ということができよう。
そうであれば、身体はパルスの働きと化学的反応を詳らかにしてゆくことによって、ある程度その働きや機能が明らかになってゆくであろう。