しゃぼん玉の欠片を眺めて 公演情報 しゃぼん玉の欠片を眺めて」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    老いた親をとりまく人達の優しさ、本音、建前
    皆んな誠実に生きているんですよね・・
    素晴らしい作品だと感じました。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    ハンバーグの同作初演を観ているが、良い作品であった。今回の再演では中心となる老齢の人が初演の男性(三田村周三)から女性(矢野陽子)となり、配役も一新した事もあるだろうが、より示唆的で「現代」を重ねて見る作品になった。

    ネタバレBOX

    芝居のテーマは「高齢化問題」と括れてしまえそうなのだが、典型的なそれに括られない要素が、この芝居の魅力だ。矢野陽子演じる正代(しょうだい)さんは一人暮らし。この一軒家に最近、十代の孫たち(長女の息子と長男の娘)がやって来る。いとこ同士の二人が祖母宅でバッティングした時の会話で、二人が「親に言われて「偵察」に来ている」事がわかる。(とは言え二人は忠実な「探偵」を離れて素朴な興味を持ち始めているようでもある。)
    二人が祖母宅で出くわすのが、ハウスクリーニングの業者。定期的に入る事となった掃除業者は数名で物々しくやっているが、「確かこの間も来ていた」と気づいた女子がが疑問をぶつける。業者のその男性は「頼まれてるから来ているんだ」と答える。
    正代さんの親族=長女とその息子、長男夫婦とその娘、次女=による「母」をめぐっての親族会議では「食い物にされる高齢者を放っておけない」とその事が引き合いに出されるのだが・・。一方ハウスクリーニング業者は、40代の社長が志一つで立ち上げ、事務担当の妹、数名の作業員(男3名+女1名ばかり?)、そこへ随分くたびれた「新人」が入って来る。このグループの人間模様が、やはり「正代さん」問題を巡って観客には見えて来る。正代さんは本来何か月に1回入るような契約が、まず月一になり、週一となり、その他何らかの用事を頼んで「明日もお願い」と正代さんは依頼をする。業者としてどうなのか・・新人歓迎会をやるはずの給料日に、従業員が社長に漏らした一言から紛糾する。社長は一言「皆の給料を集めるのは俺だ」と答える。
    その後も、物々しい掃除と、彼らを生き生きと迎える正代さんの姿という対照的な(ある意味笑える)光景は続いていく。正代さんは掃除ばかりか、「ちょっと行って来てくれる?」と買い出しをお願いする事もしょっちゅう。女性作業員には台所の片付けのついでに、と料理の下ごしらえまで依頼する。散歩に連れ出され、戸惑いながらも同行する従業員は、正代さんの良き話し相手である。正代さんの笑顔を見れば、従業員もどことなく楽しそうである。複雑な心境を抱えて関係は続くが、作業員個々の中で「正代さん」という存在が刻まれて行く。
    正代さんの自己決定、自己実現の形が観客の目に焼き付けられる。人の物語とは本来そういう物語であるべきではないか(弱者であり問題を起こしかねない存在としてでなく)、というメッセージが前半で雄弁に語られる。その後の展開はある意味「現実社会」を反映しているが、この芝居ではその事との「格闘」はしない。だが問いを静かに投げ掛ける。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    鑑賞日2023/03/05 (日) 14:00

    座席1階

    かつて3人の子どもを育てた夫婦が建てた多摩川沿いの家に、今は年老いた母親が一人で住む。さして汚れも目立たないのに、母親は半年に1回だったハウスクリーニングを月に1回頼むようになり、さらに「次の日も来て」というようになった。家族経営で顧客が少なく、「お客が頼めば汚れが目立たなくても掃除をするのがプロだ」と言う社長。しかし、この母親がハウスクリーニングを頼むのには別の理由があった。

    老親と子どもたちの擦れ違いは、お互いの事情を思いやる心から生まれているのではないか。今作も、「子どもには迷惑をかけず一人で暮らす」という母親に対し、3人の子は「いつ何時何が起きるか分からないから」と傘寿の祝いにかこつけて長女宅への同居を持ち掛ける。特に今回の夫婦の場合、夫が要介護となり施設に入居して死亡するという経緯をたどり、自宅で暮らせなかったという無念さが母親のかたくなさにつながっていると思われる。
    どこにでもあるような親子の物語で、それぞれの事情を会話劇を通して浮き彫りにしていく。うまいと思ったのは、母親宅に入ってくるハウスクリーニング業者の視点でも語らせていることだ。実家に寄り付かない3人の子どもたちと対照的に、ハウスクリーニングに訪れる従業員たちがまるで実の子どもか、あるいはヘルパーさんのような立ち位置になっていて、親子のすきま風を際立たせる。

    こうした親子の再統合の小道具がしゃぼん玉だ。ノスタルジーもあって、すこしほろりとさせられる。自分としては最後に描かれる母親の姿には残念な感じもしたが、劇中登場する喫茶店の名前が「家族」を象徴するところなどには少し、胸が熱くなった。

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