トーキョービッチ,アイラブユー 公演情報 トーキョービッチ,アイラブユー」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.8
1-6件 / 6件中
  • 201008011400
    観劇

  • 満足度★★

    う〜ん
    お尻と首が痛かった。細長いギャラリーは芝居に向いてないよ。
    それはそれとして、
    近松の心中ものを芝居なり映画なりにする時、
    何らかの様式(フェチといってもいい)に落とし込むのは先達が示す通り正解だと思う。
    ただ、その様式が退屈だった。
    以下気になった役者。
    白井珠希、感情の伴わない笑顔のためだけにキャスティングされたかのよう。
    須貝英の熱演は買いたい。
    ギャラリーのシャッターが開き、ずいぶん綺麗なニューハーフの方がいるなぁと思っていたら松崎みゆきだった…。

    ネタバレBOX

    近松は原作も読んだが、心中ものはきっちり死んでみせないと駄目だね。
    男と女の情交=死。
    そこを押さえないと前半にうんざりするほど繰り返した日常描写が意味をなさない。
    殴り込みのない任侠映画になっちゃう。
    そこを理解した上で無視しているのなら、近松原作の冠は外すべきだと思う。
  • 満足度★★★★

    満足しました
    細長い狭い会場で、観客は首を振り振りしたり、足を引っ込めたりと忙しく、俳優さんも色々と制約の多い芝居でしたが、密度の濃い内容に満足しました。ギターの語り弾きも効いてました。

  • 満足度★★★★★

    ゆたかな創意、へたれない刹那の秀逸
    創意の中に緩急とメリハリがしっかり利いた舞台

    狭いギャラリーを逆手にとって
    日々の閉塞感をがっつりと醸し出し、
    ルーティンのなかで
    次第につもり溢れていく感覚を
    がっつりと表現していく。

    たっぷりと時間をかけて構築される
    圧倒的な密度には
    観る側をへたれさせない
    目を見張るような完成度があって。

    驚愕の舞台でありました。

    ネタバレBOX

    白を基調にした空間、
    鰻の寝床のようなスペースの
    両サイドに2列の座席。

    客入れ時から
    生ギターが場内の空気を作り上げていく。
    客入れが終わるとシャッターが降りて
    すっと舞台が始まります。

    オフィス・風俗店・家庭と
    3つの世界が重なりあうように演じられていく。
    演じ手達には紐が付けられて
    下敷きになっている近松文楽を暗示するにとどまらず
    その社会への登場人物たちの従属を観る側に印象付ける。
    2つの可動式の台の動きが
    舞台のさらなるメリハリを生み出して・・・。
    シャッターが朝と夜を刻み
    また、同じような一日がやってくる。

    人形振りのように
    想いをすっと内に閉じ込めて演じられる
    日々のルーティン。
    ノルマに追われるオフィスの雰囲気、
    夫の帰りを待ち、戻った夫に語りかける妻の想い。
    抽象化された表現からこそ垣間見える
    風俗店の欲望処理の質感。
    それらの中に縫い込まれた「滓」のような感情が
    次第に空間を満たし、
    観る側に閉塞感を醸し出していく。

    歌で語られるト書きや背景、
    言葉と想いの分離が
    演じるものと語るものをわけることによって
    人形振りの内心が観る側に立体的にやってくる。

    動作の均一性が作り上げる時間の希薄さが
    役者たちによって作り上げられる
    場のニュアンスの絶妙な変化を浮かび上がらせて
    観る側がそのまま取り込まれていきます。

    気がつけばルーティンの日々に積もり、ふくらみ、
    やがてなすすべもなく
    枠を超えてしまう感覚が
    観る側の内も芽生えていて。
    主人公の顧客や友人に対するモラルハザード、
    風俗嬢のさらに身を削って稼ぐ決断、
    ためらいながら夫の携帯を開く妻・・・。

    役者たちそれぞれに
    キャラクターの場ごとの感情の解像度の高さに加えて
    舞台上での緩急の秀逸があって・・・。
    キャラクターたちが盲人のごとく
    踏み入れてしまうその一歩が
    ただ語られるのではなく、
    観る側が抱くものとともにそこにある。

    終盤、主人公の二人が向きあう
    屋上のシーンが
    比類なき程に秀逸。
    激しく湧き上がる言葉たちを背負って
    想いに更なる密度が加わる中で、
    ここ一番のたっぷりとした時間を配し
    役者たちがその刹那をへたることなく貫いて
    観る側の高揚を
    その場が満ちるまで支え切る・・・。
    大向こうをうならせるだけの想いに裏打ちされたテンションが
    役者にとどまらず観る側のうちでも昇華しきるから
    男を帰す女の一言が
    乾いていても薄っぺらになることなく
    観る側を醒めさせることなく伝わるのです。
    これ、凄い・・・。

    その前後の、妻と風俗嬢の会話にしても、
    屋上の場面が終わって
    日々へ戻る場面も
    文楽や歌舞伎のように
    「xxxの場」とでも銘打ちたくなるような
    ゆたかな表現に満ち溢れていて・・・。

    オフィスにしても、家庭にしても、風俗店にしても
    閉塞の先にやってくる時間がある。、
    観客をそこまでみちびき切ったうえで、
    手のひらから解き放つ役者たちの演技に
    観る側の目がさらに見開いて・・・。

    それは「トーキョービッチ・アイラブユー」というタイトルのニュアンスに
    観る側がたどり着いた瞬間でもありました。


    オーストラ・マコンドー、前回の「三月の5日間」に続いてのこのクオリティです。
    11月の公演から目が離せなくなりました。

    ☆☆★★★★○○
  • 満足度★★★★

    様式美
    狭いスペースでしたが、生演奏の中、様式美に彩られた現代の近松が演じられました。

    ネタバレBOX

    様式に特徴がありました。凝っていて感心しました。

    役者の衣装はペンキで真っ白に塗られ、役者の背中には糸が付いていてあやつり人形のようになってました。

    さらに主役の二人は台座に乗せられ他の役者によって運ばれていましたが、近松の原作ということから人形浄瑠璃を意識している他に、日常を管理されている人間であるという要素を強調したものと思われます。

    さらに、主役の表向きの発言は台座を動かす人がしゃべり、本音は自分でしゃべるという風に分けられていました。

    さて、銀行勤めの忠兵衛が借金まみれの風俗嬢お初に入れあげ、使い込み、露顕して、友人にも騙され、最後二人で屋上まで行くも、心中しないで妻の元に戻るという話。

    風俗嬢の日常、あんなこと、こんなこと、サラリーマンの日常が繰り返し繰り返し演じられていくうちに次第に深みにはまっていく様子は見物でした。

    それにしても、銀行では成績が上がらないからといって、「死ね」とか、「首くくれ」的なことは言いません!!
  • 観劇
    観劇いたしました。

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