歸國 公演情報 歸國」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 5.0
1-1件 / 1件中
  • 満足度★★★★★

    「あの戦争」についての新しいクラシック
    時間の流れだけは誰にも止められない。
    嘆いても、叫んでも、諦めても、1年、10年、100年…と時間は平等に
    人の上を通り過ぎていく。 

    それは悲しく辛いことばかりとも言い切れない。

    自分が当事者だった時は見えなかったもの、しかし本質的なものが
    時間の経過に洗い流されて顔をのぞかせることは良くあること。

    倉本聰氏は、抑制され、冷静で、上品な筆で65年前の英霊を、
    「造られた作者の分身」ではない本物の英霊を赤坂の舞台に生々しく蘇らせた。

    川の中の石は流れに削られ、水に磨かれ、さらに端正に輝きを増す。
    夏に、「忘れられず記憶される」べき新しいクラシックが誕生した、といえます。

    ネタバレBOX

    正直、「あの戦争は非道だった」とか「戦後の日本は間違っていた」という
    メッセージを声高に叫ぶ作品だったら今、ここにレビューを書いていないと思います。

    今残された記録に触れるだけでも、様々な「思い」や「記憶」がある。
    そこを無視して、「戦争ハンタイ!」とか「日本の誇り」と単色で
    描いてしまうのは、造り物の英霊の口だけ借りて「思想」を
    語らせているだけで危険だし、かえって過去の人を侮辱しているといえる、とこの際言ってしまう。

    人間を単純に見ている、ということでしょう? それは。

    倉本氏はそこに与せず、性急に答えを求めず、ただ丹念に65年前の英霊達の姿を
    そのままの姿で描いていく。 時間が解凍されたように、リアルな人々がいた。

    うわずみだけさらった幾多の作品と異なり、書き手が当時の人間と完全に重なり合う事を
    求められる分時間もかかり、先入観も一切放り捨て、いわば「無我」を必要とする、と私は
    ここで氏の苦労を想い、さらに突っ込んで氏の意志を感じた。


    作中、もともとドヤ街のワルだけど人情に溢れた宮本のエピソードが凄い。

    浅草の劇場で働き、戦後は一人息子を苦労して育て、そして縮こまるようにして
    亡くなった自分の妹について、彼は語る。


    「今日妹が死にましてね…」

    「あいつ腐りかけのバナナが好きだったんですよ」

    「『腐りかけのが美味しいのよ』なんて言っててねぇ…」


    感情を抑制した筆致で描かれる台詞の数々は表現の美しさもあって
    人間的で、印象に残るものが多かった。


    自分の故郷が長い年月を経てダムの底に沈んだことに慨嘆した兵士が

    「変わらなかったのは木の間から見える月だけだったよ…」


    兵士達の人間周りを丹念になぞっていくことで、時に現代と65年前の
    戦時を交錯させるファンタジックな演出で、逆に戦争状態の悲惨さ、
    そして戦後の現在を生きる人々、徐々に当時を意識しないでいくことが
    宿命づけられている人々への「忘れることは仕方ない、けどふと
    自分達を想い出してみてくれないか」という望みをそこにみることが出来ます。

    話は深刻だけど、美しく凛とした劇作と受け取りました。

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