第五回千作千之丞の会 公演情報 第五回千作千之丞の会」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 5.0
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  • 満足度★★★★★

    山本東次郎との共演が実現
    現在ほど、狂言が上演されている時代はないと言ってよいほど、毎日、どこかでいろいろな狂言の会が催されている。中でも京都を本拠とする大蔵流茂山家は「お豆腐狂言」を名乗り、武家式楽の一部としての格式を取り払うかのように町衆系統の親しみやすい狂言を普及させることをめざして全国的に活動し、多分に商業主義的な側面を持つ。和泉流の野村萬斎と共演することもあり、萬斎と並び、若い女性ファンが多い。「とにかく笑ってもらおう」という近代的なサービス精神が強く、「節度と品格ある人間ドラマ」を目指す東京の大蔵流山本家とは対極にある。
    私が今回、この会を観にいったのは、大蔵流山本家当主である山本東次郎が茂山千作・千之丞兄弟と共演する稀有な舞台を見届けたいからである。私はどちらかと言えば、山本家びいきなのである。茂山家は、同じ大蔵流の山本家よりも、和泉流の野村萬斎とのほうがやりやすいと言っているほどで、大蔵流両家がひとつ舞台の同じ演目で共演する機会はほとんどない。
    この奇跡的とも言える機会を逃したくなかった。

    ネタバレBOX

    千作・千之丞兄弟は共に80歳という高齢で、長寿の目出度さを祝う意味もあってか、最初の演目は祝言物の「福の神」。参詣人(茂山七五三、茂山あきら)に「願い事を聞いてほしければ、何か貢ぐように」と要求する現金な神様(千五郎)。関西人の千五郎にはこういうちゃっかりした洒脱な役、伝統芸能用語でのいわゆる「機嫌の良い役」ははまり役と言えよう。客がくすくす笑っていた。
    山本東次郎が客演したのは、素狂言「武悪」。素狂言と言うのは装束、すなわち狂言の衣裳をつけずに、紋付袴で座したまま演じる。私は素浄瑠璃、素謡は体験したことがあるが、素狂言は初めて。芸風が違いすぎることもあり、本式の狂言では共演が難しいのかもしれない。また、兄弟ともに立ち座りに後見の介添えが必要な高齢者ということもあろう。
    主人(千作)が乱暴者としてもて余す家来の「武悪」(千之丞)を斬るように家来の太郎冠者(東次郎)に命じ、太郎冠者は武悪をだまし討ちにしようとするが、情が邪魔して見逃してやる。腹の虫が収まらない武悪は鳥辺山に出かけてきた主人と太郎冠者の前に幽霊に扮装して現れ、「冥界」の辛さを訴える中、あの世で主人の父親の大殿様に出会ったと嘘をついて、主人から太刀や扇を騙し取り、「あの世は広いが、息子は狭い家に住んでいるので、あの世へ連れて来い」と命じられたと主人を脅かすが最後は嘘がばれてしまう。勝手なことを言い合う大名と武悪の間で、あくまで神妙な面持ちの太郎冠者。3者とも適役で、よくぞこの組み合わせが実現したものだと思う。「笑い」に関する考え方は両家正反対で互いに一歩も譲らぬが、両者が「犬猿の仲」というのは世間の誤解で、東次郎によれば千之丞とは良い飲み友達で楽しい酒を酌み交わしているそうだ。それゆえか、武悪と太郎冠者の友情が良い感じに出ていた。
    最後は「二人袴」。縁談が決まった家の舅(丸石やすし)に「婿入り」の挨拶に行く弟(茂山童司)は室町時代のこととて、まだ少年。「さきほどまで子供と遊んでいた」などと言い、無事挨拶をすませたら、弁慶の人形や子犬や饅頭を買ってほしいと兄(茂山正邦)にねだる子供である。しかし、この家は正装の長袴を1着しか持ち合わせないため、舅の前に交互に穿いて一人ずつ出ていたのだが、「2人一緒に来てくれ」と言われ、兄はもう帰ったことにしようとするが、兄の顔を舅の家臣、太郎冠者(茂山茂)が見知っていたため、ごまかせず、奪い合って2つに裂けた袴を半分ずつ身につけて舅に会いに行く。「舞い」を所望されて後ろを見せぬように舞うが、油断して後ろを見られてしまい大笑いされるという話。山本家だと、兄ではなく、父親で演じ、東次郎の父親の呆れ顔がとても可笑しい演目だ。茂山家は「えのころ」という台詞も「犬ころ」と現代的にわかりやすく発音し、長袴の穿き方がわからない弟がいろんなまちがった付け方をして大ボケぶりで客を爆笑させる。
    和泉流の野村萬斎や茂山家の演じ方は、現代的にわかりやすく演じようとして説明に走るあまり、くどくなり、笑わせることに偏って演技の底が浅くなり、ただのコントみたいになることがある。すると、笑いに託した作品の人間的な奥深さが伝わらない場合があり、それが私の評価できない点である。
    もっとも今回は茂山家にしては演じ方に節度があるほうだったと思う。それが証拠に終演後、「きょうのは笑うところ少なかったね」と客が言っていた(笑)。
    25日は配役が一部変わり、「福の神」が七五三、参詣人が千五郎、あきら、「二人袴」の弟が茂山逸平、太郎冠者が童司、兄が茂山千三郎、舅が松本薫。


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