スカパン 公演情報 「スカパン」の観てきた!クチコミ一覧

★ 満足度の平均 ★ ★ ★ ★ ★ 4.7
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    モリエールの古典を、戯曲そのままでなく串田和美が現代の観客向けにアレンジして、何度も上演している舞台。初めて見たが、期待した以上の面白さだった。物語としては単純なのだが、笑わせどころは本当に面白い。

    スカパン(串田和美)が、レアンドル(串田十二夜)の父ジェロント(小日向文世)に、息子がトルコ軍艦で連れ去られたからと、身代金とだまして大金を出させる場面の掛け合いが見事(話としてはオレオレ詐欺とおなじだ)。また、スカパンがこのときステッキで何度もたたかれた腹いせに、別の日にジェロントを袋詰めにして荷車に載せる。周囲が見えないジェロントを、乱暴者に襲われたふりをしてポカポカ殴るくだりは、傑作。棒で思い切り頭をなぐるから、いい音がして痛快だった(袋の中でヘルメットをかぶっていたらしく、痛くはないようだ)。しかもいつの間にかジェロントが荷車から落ちて袋が開き、仕掛けがばれているのに、スカパンが気づかないで、空っぽの荷車をポカポカやるのは笑えた。

    最初の方で、オクターヴ(小日向星一)とイアサント(湯川ひな)がラブラブで、なにかというとチュッチュッチュッとキスしまくる演出も嫌みがなく、素直に笑えた。

    場面転換に短いセリフのないシーンを挟み、それが伏線や気分転換になったりする。
    休憩なし約2時間。

    ネタバレBOX

    最後は、息子たちが勝手に恋したり、結婚した下賤な女二人が、それぞれジェロントとアルガント(大森博史)の娘で、若者たちにとっては互いの友人の妹だとわかる。こうしてめでたしめでたし、2組のの結婚式になる。そこは、おおらかなご都合主義の円満解決。スカパンはやりたい放題やった報いが下り、そこに一抹の哀感が漂う。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    モリエールの古典戯曲の中身は、吝嗇な親を持った子の結婚をめぐる騒動で、その立て引きを支配するのが「悪だくみ」のスカパン、と言う単純な構図の笑劇で、どれだけ笑えるか、と言う芝居である。笑劇をしらけないで見せるのはかなり難しいもので、ばかばかしさを超えて人間的な共感が笑いとともになければ芝居にならない。この舞台はよく出来ている。小日向、大森は長年演じてきているから当然だが、串田が松本の劇場の芸術監督に就任してから育ててきた地域劇団の女優、湯川ひな(イアサント)、下地尚子(ネリーヌ)、男優の武居卓がベテランに引けを取らないだけでなく、客演の笹本真帆(ゼルビネット)がいい。息子たちを演じる串田、小日向の息子たちも、初々しさも残るがちゃんと芝居になっていて、身内贔屓の感じがない。串田和美がコクーンで初演したのは94年でその後7回もやっているし,海外の演劇際でも評価されているから、手の内だったろうが、この混成の俳優陣を自分も主演をつとめながらよくまとめている。そこにあまり演出者の強制を見せないところも串田らしい。
    今まで見たさまざまな「スカパン」の中では最もよく出来ている。笑うだけでなく、どこかしあわせな気分で劇場を後にできた。その味わいは串田の芝居独特のものだ。
    串田和美は60年代の俳優座養成所の最後の卒業生。上の世代の井上ひさし、蜷川幸雄、下の世代の野田秀樹、つかこうへい、ケラリーノサンドロヴィッチに挟まれた空白の激戦区の中で、演劇界の節目になる仕事を残してきた。
    60年代に俳優座養成所のエリート卒業生を集めて、若者の小劇場、自由劇場を結成して当時の大劇団と違うレパートリーシステムを作ろうとしたこと。そのために自力で六本木に劇場を作ったこと。シアターコクーンの芸術監督として、小劇場作品と商業劇場の懸け橋となる独自のカラーの作品を創る一方、この新しい職責の重要さを示したこと。地方の公共劇場で、地方都市の演劇と市民の関係を築いたこと。そしてそういう演劇活動の中で、常に、独特の都会的な舞台作りで、串田和美作品らしさを失わなかったこと。
    常に自分が信じられる人間像を舞台に乗せてきた80歳の演劇人がこの節目で「スカパン」を快演した。飄々とスカパンを演じている串田和美を見ていると、演劇に生きる、ということの感動がある。
    初日のアンコール。串田もちょっとしんみりした表情だった。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    これは見ておくべき舞台だろう。串田和美、一世一代のスカパンである。
    本人にも、ひとまずこれで一つの決算と言う覚悟があるに違いない。自由奔放な古典の笑劇を、古くからのオンシアター自由劇場時代の仲間に、松本の地域劇団の新しい仲間、そのうえ、自分たちの子供まで加えたカンパニーで全国巡演する。80歳になった演劇人の晴れ舞台だが、この種の舞台の持つ嫌らしい自己顕示がない。いや、大きく見れば究極の自己顕示でもあるのだが、それが眼前の舞台には見えない。そこが一見の価値のあるところだ。

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