相対的浮世絵 公演情報 相対的浮世絵」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 2.8
1-5件 / 5件中
  • 満足度★★★

    観ました
    G2演出を期待した。今ひとつかな。

  • 満足度

    えっ、これが土田作品?
    また、G2さんの脚本かしらと錯覚するぐらい、土田さん、どうなさったの?と思う作品でした。
    土田さんは、説明台詞を廃す名手の筈なのに、この作品、とにかく説明台詞のオンパレードでした。
    それに、袴田さんと安田さんの演じている役のキャラクターが、あまりに不誠実な人間描写で、実に不愉快に思いました。
    役者さんは全員好演されているし、セットも照明もとても良かったのですが、どうも好感を持てない作品でした。
    アイデアはいいけれど、何だか、命の吹き込まれていない脚本という印象で、大変残念でした。
    西岡さん、今回の役には、哀愁があり、西岡さんの登場場面にはずいぶん気持ちが救われました。平岡祐太さん、初舞台でしょうか?だとしたら、素晴らしい!!平岡さんの舞台はまた拝見したくなりました。

  • 満足度★★★★

    切ない後味
    あの世とこの世、相対する世界の人たち。「相対的浮世絵」。奇妙なタイトルで「浮世絵」が目をひいたが、作者の解説によれば、海外から帰国した直後だったので日本語にこだわりがあり、自分から見た世の中を活写する=浮世絵となったらしい。
    出演者の一人である安田顕が公演プログラムの一文に、子供のころ、仲の良い友達にしてしまった心無い行為への悔いについて語り、人は誰でも心に蓋をして生きている部分がある、だからこそ、人の真摯な姿を見たとき、心が動くのだと書いている。これを読む直前に、新聞のエッセーで、ある作家が似たような子供のころの体験を書いていたのを読んだばかりなので、自分だけでなく、そういう思い出というのはあるものなんだなぁと共感した。決して悪気はないのに、なぜか親しい、しかも非のない人の心を傷つけるようなことをしてしまったら、いつまでも覚えているものなのだ。
    まあ、この話は子供時代の小さな意地悪とは次元が違う話だが、「心に蓋」という共通点はある。
    土田英生という作家の深さに心打たれた作品です。

    ネタバレBOX

    高校時代、卓球部の部室の火事がもとで智朗の弟達朗と智朗の同級生の遠山は亡くなってしまう。出火の原因は智朗が窓から投げ捨てたタバコだった。弟は兄が中に取り残されたと思い、部室に戻って煙に巻かれてしまった。遠山は、倒れてきたロッカーに足を敷かれて身動きがとれずに亡くなった。生き残った智朗と同級生の関。最近になって達朗と遠山が二人の前に現れるようになる。待ち合わせ場所はいつも夜で、墓地のある公園の東屋。彼らは「お化けではない」と言い、この世に出てくるには、「生前のことを決して恨んでいないこと」が条件らしい。二人にはお目付け役の野村という初老の男が付いてくるが、死者三人の姿は智朗と関にしか見えない。
    会社員の智朗は経理の女子事務員と不倫関係にあり、会社の金を使い込み、600万円も帳簿に穴を開けている。一方、高校教師の関は、女子高生好きで教え子と次々関係を結び、父兄にばれそうになっている。
    姿が見えないことを利用し、遠山は智朗の600万円を補填し、達朗は関の教え子の一件の証拠の揉み消し工作をはかる。
    いったんはうまく行って智朗と関は喜ぶが、死んだ二人はこの世のことに関わってはいけないという掟を破ると、二度とこの世に出てくることができない、今後智朗たちとも会えない。だから、金も揉み消し工作も元に戻させてほしいと言う。生きている二人は、いまの生活が大切だからそれはできないと断る。これでいいんだ、会えなくたってかまうもんか、だって俺たちは生きているんだから、と智朗と関は笑い合う。このときの「だよなー」「まあなー」という高校時代の二人の口癖による掛け合いがいい。
    しかし、結局智朗と関は二人の頼みを承諾し、智朗は女子事務員の口から使い込みがばれ、高校時代のマドンナだった妻にも去られ、会社をクビになり、会社からも提訴されるかもしれず、関は智朗に520万円の金を用立ててやるが、学校をクビになる。元通りになったところで、遠山と達朗は、「スッキリした。これであの世に帰り、もう出てこない。」と言って、明るく消えていってしまう。
    やはり、生者と死者の間には、越えられぬ壁があり、互いの領分を侵して付き合ったりしてはいけないのだろう。
    終わり方の後味が悪く、本当に死んだ二人はあれでスッキリできたのか。何もかも失った生きている二人のこれからの人生を思うと身から出た錆、元に戻っただけとは言え、気の毒になる。
    しかし、生き残った二人は、何と愚かな生き方をしてきてしまったことか。終幕、お目付け役の野村の姿が智朗と関には見えなくなることで、四人の気持ちの決着を暗示する。亡くなった二人に対して心の中でずっとうしろめたさを持ち続けていたであろう生き残った二人の思いに引き寄せられ、達朗たちは現れたのかもしれない。切ない幕切れだ。
    関の安田顕の髪型がマッシュルームカットなので、出てきたとき誰なのか一瞬わからなかったが、達者な演技で笑わせる。達朗の平岡祐太は初舞台ながら自然な演技に好感が持てるが、二度ほど相手と台詞がぶつかり、不自然な箇所があった。会話の「間」の問題だと思う。
    内田滋の遠山は関の「おれは悪くない。関係ないもん。ちゃんと消防署に電話かけたし、火を消そうとバケツに水を汲みに行った」という言い訳に怒る場面に説得力があった。智朗の袴田吉彦は、遠山の内田との「ドスコイ、ドスコイ、ドスコイ」「ノコッタ、ノコッタ、ノコッタ」という高校時代のギャグ遊びのときの照れた表情がいい。死んだ二人のあの世でのお目付け役の西岡徳馬が面白い。自分の話をしようとしていつも「面白くないからいいです。聞きたくないです」と達朗と遠山にさえぎられてしまうが、彼の話は面白そうで聞きたかった(笑)。
    既に亡くなった大切な人ともし再び会うことができたら、と人は夢見ることもある。しかし、実際にあの世から来た死者が生きているときのように現在の自分たちの生活に介入してきたら困惑してしまうだろう。
    人は悲しみの中にも、どこかで区切りをつけて生きているのだから。
    六角堂を思わせる東屋を中心に、能の橋掛かりを意識したという道のついた舞台装置のアイディアが良かった。この世とあの世が交叉することを視覚的に表す見事な舞台空間となっている。
  • 満足度★★★

    可もなくなく不可もなく
    物語は淡々と展開していく、役者はそれぞれの持ち味を出している。脚本がどうも自分には合わないようです。あと音響が大きすぎました。コクーンはどうも好きになれない

  • 満足度★★★

    静かな佳作
    ストーリーはしっかりしていたが、
    もう少し小さな劇場の濃密な空気の中での上演が向いている作品かも。
    平岡くんは初舞台との事でしたが、なかなか頑張っていたと思います。

    しかし、どうしてこのタイトルが付けられたのでしょう。
    浮世絵は何を象徴しているの?

このページのQRコードです。

拡大