公演情報
「パダラマ・ジュグラマ」の観てきた!クチコミ一覧
実演鑑賞
満足度★★★★★
2014年の円盤で恋焦がされてしまい、これはこのままで素晴らしいような、またやった方がいいような気持ちでいました。
2021年2月、自分が生きているうちに生で見れて本当によかったと思います。
実演鑑賞
満足度★★★★★
3回目でやっと腑に落ちた・・・
おぼんろチケットと言う、観劇後に言い値でチケット代を払うと言うシステムができたので、それを利用して観劇回数を増やしました。行って良かったです。明日もそのチケットがあるとのことでしたので、迷っている方、もう一度みたい方はぜひ!
https://twitter.com/obonro_new/status/1493209498655223812/photo/1
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/02/18 (金) 13:00
最初のセリフ「何もかもがうまくいかない世界がありました」がまさに今の状況ですね。初演の時は舞台と客席の区別が曖昧だったなあ、会場中にボロ切れがぶらさがってたなあ、客のひとりが何かを渡す係に指名されてたよなあ、開演前には役者が客席をぐるぐる回って、みんなに声をかけたよなあ…。アットホームな「密」を売り物にしてきたおぼんろにとっては、アウェイの世界でしょ。たとえが古いが、猪木vsアリの試合の猪木のほう。あれやっちゃダメ、これもダメ、の中でも、ステージから客席に届くべきものは届きましたよ(と思いたい)。今回の形態も、目標であるコクーン公演に向けてのポジティヴな前進であると、私は思ってます。役者の動線がステージのみになってたことは、特に昔からのファンの間では賛否両論あるでしょうが、音響と照明は格段に良くなってたし。
実演鑑賞
末原拓馬/登坂淳一/塩崎こうせい/岩田華怜/八神蓮 の回を観劇
初めてのおぼんろ観劇。最初に各登場人物が舞台のあちこちから長めのセリフを発するのだが、どうもそれらの言葉を有機的につないで理解する能力が今の私に欠けているようで、ここですでに脱落の予感がした。早すぎる(笑)。その後も独特の世界観になじめず取っ掛かりをつかめないままに終幕を迎えてしまった。そういうわけで無評価。
役者さんはみなさん素晴らしい演技でおまけに歌までうまい。そういう真のプロの中で、登坂淳一さんはセリフはもちろん、身のこなし、表情までも張りがあって艶があって切れがあり、人生のどこでそんな修行をしてきたのかとWikipediaで調べてみたが何の痕跡もないので驚いた。座長だと言われても信じてしまっただろう。まあ認知症気味の老人が言うことなので話半分で。どうしておぼんろに出演することになったのかは2,500円のパンフレットに書いてあるのだろうと思いつつ、どなたかのリークを期待してサイフを出し惜しんだ。
実演鑑賞
初日以来の観劇。タック以外は客演のみなさん。(さひがしさんは弁士と医者とで出てくるのですが)何だか新鮮。座席が違うせいか、演出か何かが変わったのか(照明は一部明らかに変わっていましたが)初日よりも素直に楽しめました。
初日には気づかなかったのですが、最前列は使っていなかったのですね。
言い値で見られる「おぼんろチケット」も始まったので、観劇回数を増やそうかなと思っています。
実演鑑賞
満足度★★★★★
初日(いいねチケット)観劇。
強雨で肌寒い日。にもかかわらず会場内は熱気に包まれ興奮状態ーおぼんろの人気の高さが知れよう。
公演であるが、(コロナ禍)以前のような”おぼんろスタイル”ではない。今までの魅力は、舞台と客席の境目を曖昧にし、語り部(役者)が参加者(観客)の間を舞い駆けるといった躍動感を身近で観せ感じさせていた。そこに場内一体となった高揚感のようなものが生まれ、物語の世界に誘われていた。コロナ禍では、その演劇スタイルを貫くことは出来ず、舞台を一定方向(客席からの定点)から観劇することになる。しかし、今までのスタイルは参加者も物語の世界観にどっぷり入り込み、高揚(幸福)感に酔いしれながらであったが、この公演では舞台と一定の距離を置き内容をじっくり観ることが出来た。雰囲気に飲み込まれることなく、物語で伝えたい「生きる」「生きたい」と「命をいただく」ことの意味をしっかり描いていることが解る。また、おぼんろ らしい照明や音響といった舞台技術は素晴らしい。観た目は派手で美しいが、物語に潜む「必ずしもきれいな世の中だけではない」といった清濁併せ持つ世界観が浮き彫りになる。が、最後は清濁併せ呑むへ。コロナ禍を通じて おぼんろは、改めて その真の実力と新の魅力を引き出したと言えるのではないか。
カーテンコール…さひがしジュンペイさんによれば、この演目は末原拓馬さんがなかなか再演したがらなかったと呟いていた。内容的に、どちらかと言えば分かり易いもので、意味深(度)といった面で物足りないと心配したのだろうか。
今を生きることの大変さ。ある舞台関係者は演劇がなくても生きていけるが…そんな思いを抱く不安な日々を過ごしていると言っていた。演劇は映画や音楽等と同様、文化なのだ。それを廃らせるわけにはいかない。現実社会の苦しみを一時の舞台という虚構(世界)で癒され明日の活力となる大切さ。今、自分たちの演劇スタイルを貫けない中で、できる限りの創意工夫を凝らし、公演を行う行為(勇気)に無音の拍手と声援を送りたい。
(上演時間2時間 途中休憩なし)