12人の怒れる男・12人の怒れる女 公演情報 12人の怒れる男・12人の怒れる女」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.8
1-5件 / 5件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2021/04/04 (日) 13:00

    【12人の怒れる男】
    先に観た「怒れる女」では聞き落としたかと思ったが、やはり終盤の「裁かれているのは……」という台詞がカットされており、特徴的な台詞の1つで他作品でオマージュを捧げられていたりもするだけにちょっと残念。
    また、「怒れる女」よりくすぐり増量なので江古田のガールズっぽさも増したが、程よかった女性版と比べてややクドくなってしまった感もアリ。(計時の所とか)
    とはいえ(男女とも)存じていた方、今回初めて拝見する方の区別なく、配役に「あ~、この人ってそういう言動をしそうだもんね」な説得力があって見事。

    ネタバレBOX

    なお、以下は10回以上観ていながら今回初めて気付いた点。

    自分の家のドアノブに指紋があっても別に不思議はないのに、わざわざ拭き取ったというのは外部の者による犯行を示唆しているのではないか?
    いや、「ナイフを使い慣れない者のような刺し方をした」のと同様に擬装したのか?(笑)
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2021/04/01 (木) 14:00

    【12人の怒れる女】
    「極私的戯曲TOP10」の1本に選ぶほど大好きな作品であり、既に10回くらい観ていたが、全員女性というのは初めてであり、どう捌く(←「裁く」の誤変換ではない)かという興味も大きく、結論から言えば十分楽しんで満足もしたが、なぜ女性のみの上演がなかったか察することができた気もする。(以下ネタバレboxへ)

    ネタバレBOX

    ・「「この野郎、殺してやる」なんて日常的に口にするでしょう?」的な台詞があるが、女性が日常的に口にするか?(「首をへし折ってやる」も)
    ・スラム街育ちとはいえ女性も「ナイフを使った喧嘩などすぐ目の前で何度も見ている」ために飛び出しナイフの使い方を熟知しているのか?

    この2点が女性のみだとちょっと苦しいと言おうか無理があると言おうか。

    一方、陪審員2号の派手な衣服・濃い目のメイクが終盤で指摘される目撃証人の法廷での特徴と類似しているというアイデアは見事。
    オリジナルのように男だけでは決してできない演出でもあり、その発想に脱帽。

    また、11号12号の身長差による笑いやちょっとしたくすぐりで程よく緊張をほぐすのは江古田のガールズらしいところ?
    さりげなく観客の視線を誘導する照明も良かった。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    「・・怒れる女」を観劇。額田やえ子翻訳の古典がどの程度原作に忠実でどの程度脚色されたかは分からないが、指紋やDNA鑑定といった科学捜査の無い時代、という要素を除けば、俳優らの現代感覚と共に台詞が吐かれる舞台は、不思議と成立した。
    野球観戦野郎、ヘイト野郎、個人事情むき出し野郎、確信犯的付和雷同野郎が、米国産映画でも「正義」の障害として立ちはだかり、やがて克服されて行く。
    今は昔のようにアメリカ=民主主義の国、等と単純に考えてはいないが、回帰すべき場所としてそれはある(と信じられている)だけ、日本とは異なるのだろうとは思う。そして考える。普遍的感動に導く同作品は日本でも好んで鑑賞・観劇されるが、しかし果たして民主主義は本当に信じられているのか、と。そうして頭を抱えてしまう。

    ネタバレBOX

    男バージョンを観て両者を比較すると面白かったろうが、考えてみれば本作の陪審員全て男なのであったと改めて気づき、女性性と脚本の遭遇の光景をしかと見せて頂いた。
    「ら抜きの殺意」には女性同士では女言葉が出ない(女言葉は男性(社会)が女性に要求するもの)という発見を語るくだりがあった。「女性だけ」の空間で、ならではの空気、言動(というか態度)が見られたが、無罪が多数派になり最後に粘る男、もとい女が「どう折れるか」という見せ場で、男女の差異について感じる所あり。
    男として描写するなら、息子に歯向かわれ(押さえつけられず逆に殴られた)、去られた傷を抱えた男は容疑者に自分の息子を重ね、厳しく遇する事で傷ついた心を癒そうとする様子が窺える。この「傷」のあり方に男女の差は確実にありそうだ。女は男勝りに一人息子を育て、そして父親代わりの存在だったからこそ息子の反抗の対象となった、とするとそこには彼女が女性に、そして母親になれなかった何らかの要因が彼女の内部にあり、彼女自身をも苦しめている、といった背景が想像されたりもする。そして彼女が「折れた」時、(男が我に返って事実と向き合い、世間体やプライドを剥ぎ取られて等身大の自分に戻ったように)、女も自分自身についての事実と向き合わざるを得なくなる。恐らくは泣き崩れるのだろうと思うがそこまでやると台詞も変りそうだ。戯曲は最も変化を拒む人物が変化を遂げる(自分自身に戻る)感動を用意したが、女性バージョンは一つその課題を残したように思う。
    (このレベルゆえのリクエスト、収穫は十分あった)
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    12人の怒れる女観劇

    久々に小劇場に12人もの役者が同時に出てくると
    迫力がある。扇風機やあそこを開けたまま演じたのは演出に見えるし、換気になるし違和感なく観れた。

    女性版ならではの物語に大きな違いはなかったが、
    細かいところを色々調整しているのかな
    会話劇はもちろん文句なしの面白さ!
    細かい演出で笑いが起こり楽しかったな。

    背の低い子と背の高い子のやりとりが好き。
    なんやかんやでやっぱりいい作品に仕上がってました。

    開場20分前に行ったのに行列が凄かったな。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    「12人の怒れる女」を観劇

    元々男性ばかりなものを女性だけで演じるということでどういう方向に持って行くのだろうか、演出家の力量拝見となるのだが、小ネタで笑いをとりつつ高い緊迫感を保っていて見事なエンターテインメントに仕上げられていた。オリジナルにはない結構長めの場面があったりして色々と工夫が楽しめる。

    正義の味方陪審員8号(丹下真寿美)と敵役の3号(釜野真希)は正統的にぐいぐい押して来て100%期待に応えている。理屈重視の冷静沈着な4号(堤千穂)は少しおっちょこちょいの味が付けられていて見た目と合わせてあの女優さんをモデルにしているのは明らかだ。彼女から苦情が来ないか心配になってくる(なわけはない)。この演出のグッジョブその1だ。陪審員2号(山田瑞紀)はこの舞台ではお笑い担当になっていて客の受けはすこぶる良かった。しかも重要な伏線を早い時期から妙に強調していてグッジョブその2だ。舞台上手の壁のドアを開けるとその向こうはすぐ外だった。コロナの換気も兼ねているのだが車の音も入ってきたりして臨場感があった。ニューヨークではなく下北沢だがグッジョブその3である。

    *「評決」と言うべきところを「判決」としているところがいくつかあった。

このページのQRコードです。

拡大