[Go Toイベント]詩X劇 フクシマの屈折率 公演情報 [Go Toイベント]詩X劇 フクシマの屈折率」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.1
1-10件 / 10件中
  • 満足度★★★★

    危機という括りで、イマとフクシマを感じさせてくれたステージ
    心の中にいろんなモノが廻りました
    台詞が詩だったのが、より効果的だったです

  • 手描きだった時代のアニメのセル画みたいに複数の画を重ねて1つの画を作るように2011年と2020年を重ねて1つ作品を作りあげてました。

    今年1年、色々あったなあ。

  • 満足度★★★★

    「言葉」という 力 を舞台_その構図と構成に巧みに取り込んで描いた詩×劇。語られる内容は、現実に起ったこと、現在進行形で起きている試練を時間の流れの中で具象・抽象を混在して観客の意識を刺激する。焦点は現在の状況であるが、この作品が不透明な現代において普遍性を確認するのは、もう少し時間がかかるだろう。
    和合亮一氏のテキストを篠本賢一氏の構成・演出によって、舞台ならではの美術・技術で視覚・聴覚に印象付ける。まさに演劇の面白さを再確認させられたようだ。
    (上演時間1時間15分)

    ネタバレBOX

    暗幕で囲った舞台美術はシンプルで上手・下手側にそれぞれ4つの白い箱馬が並び、上手側の演じ場と区切る形で演奏(キーボードとチェロ)ブースがある。演奏といっても音響鐘に続いてスタッカートで効果音を奏でる、その響きが物悲しく思えるのは錯覚であろうか。天井からは目に見えない放射能、ウイルスをイメージさせるオブジェが吊るされている。下手側には誰も座らない椅子が一脚置かれ、時々 暖色照明を照らす。フクシマという遠隔地にいる人との語らいか、または行方不明者や死者との魂の共鳴をイメージさせるのか。
    出演者の衣装は男性1名が黒、女性8名が白で、何となく防護服を連想させる。舞台全体がモノトーン、出演者は客席後方から静々と歩いてくる。その姿は重厚感と同時に悲愴感を漂わせている。

    語られるのは、2011年3月の東日本大震災(原発汚染)、現在も収束していない新型コロナウイルス・covid-19、さらに九州地方を断続的に襲った豪雨による災害。特に原発と新型コロナは、目に見えない不安・脅威に脅かされている人々の苦悩と悲哀を”言葉”と”パフォーマンス”で印象深く伝える。しかし、その描き方は世情の委縮や閉塞といった静観するものではなく、役者が次々に箱馬の上に乗り飛んだり跳ねたりといった動作。さらに舞台中央でサークルを成し、上衣を振り上げる動作が不安・不満を表すと同時に、それらを払拭しようとする。その動態が生きようとする人間の逞しさを表現している。さらに三者の声…男優・女優そしてナレーションはそれぞれの内なる思い、本音(主観)と現実(客観)を表現する。冒頭にある「言葉を失う」「言葉が見つからない」といった詩ならではの台詞が重く、終始 圧迫感ある雰囲気を漂わす。
    が、苦悩等は弱いもの者から顕わになる、しかし明けない夜はないと救いもある。その意味で、この公演は人間賛歌を謳ったものと言えるのではないか。

    最後にこの作品は、現代において観るべき”価値”が発揮される。時代を経ることによって、例えば10年後に観た時は、また違った印象を持つのではないか。そこに演劇の特長的な魅力があると思う。違った印象=変化とは、我々の「現実生活」であり、新しい形と内容の”現代”に直面しているであろう。だから観るべき時は今が一番よく解るであろうから。同時に現実の帰結を洞察しつつ、未来をも見据えようとするベクトルも感じられるところが素晴らしい。
    次回公演も楽しみにしております。
  • 満足度★★★★

    (私には、足の裏がない) という言葉が、耳に残って離れない。
    コロナも、原発も目に見えない怖さ、では、同じ。とても考えさせられた作品だった。
    以前観た、寺山修司の作品に似て、シュールだな、と感じた。
    オオソドックスな作品も好きだが、こういう雰囲気の作品も、個人的には好きです。
    独特の怪しげな雰囲気、いつまでも残りました。
    詩のひとつひとつ、噛みしめて、拝見させていただきました。
    個人的には、よかったです。

  • 満足度★★★★

    前方下手寄りの席に座り、開演するとステージ上手側面に透明ボードで仕切ったブースが浮かび、中に演奏者が見える。「見やすいラッキー」と見ると、奥にキーボード奏者が居る手前にもう一名居るらしく、楽譜めくり?まさか、と思って終演後パンフを見るとなんとチェロだった。
    開幕後、間歇的な音の中で白いビニル(防護服かその暗喩か)をまとった俳優らが一人また一人と出てくる(一名のみ男性で黒)。「詩」が始まると声(まずは演出篠田氏の低音)が心地よく耳をくすぐり、詩の内容はタイトルから想像され、シリアスの予兆はあるものの静謐な導入に居心地がよくなる。・・私めはこのあたりで野太い睡魔がもたげ、前夜の睡眠2時間の体調が表に出てきた。
    耳は「言葉」を聴こうと試みるが言語認識(音から意味への変換)は追い付かず、「観劇」しているつもりで終ってみれば敗北。この舞台にとって全てと言える「言葉」を取り逃した。
    痛恨の観劇であったが、五感で受けた印象だけ記せば・・
    遊戯空間の「詩×劇」と言えば2年前新宿でやはり和合亮一氏の「詩の礫」を元に構成したものを観た。「詩」・「劇」を謳う通り舞台での主役は「詩(言葉)」であり、パフォーマー=語り手は言葉に命を吹き込むように声を出し、動き、位置取り、大勢で畳みかけ、静寂と闇の際が見えた。新宿文化センターでは観客は床の上に座る格好、役者をほぼ見上げる形で、「地面」を意識した。言語を際立たせるための発声と動き、という関係性は<地点>に似る。「仮名手本忠臣蔵」に通じるが出演者の数(こちらは役の数と言った方が良いか)、横に広がるステージで客席との近さもポイントであった。・・といった気づきは、今回との比較により、上野ストアハウスのどちらかと言えば縦長の箱でステージを見下ろす形、また出演者数(9名)に視覚的、聴覚的(声量)に若干物足らなさを感じたのは確か。但し演出的には数量による押しのパワーより、ナレーションを多用し「想起」の時間へ誘うものがあったようにも。視覚的にハッとする瞬間が幾つかあり何かの隠喩となっていたが思い出せない。時間があれば再見したいが今の所無理である。

  • 満足度★★★★

    文字通り「詩×劇」
    言葉の持つ力と肉体表現で2011年の福島から2020年のコロナに至る不条理の世界を明確なメッセージをもって抉る
    音楽・音響がとても効果的だった

  • 満足度★★★★★

     拝見し、原 民樹自死の際を想像してしまった。如何なる核にも未来は無い。我らはこの重い現実から始めるべきである。ベシミル! 追記後送華5つ☆

    ネタバレBOX

     福島がフクシマになって既に9年以上だ。このことの意味する所が今作に描かれていることの眼目と言えよう。現場ではのっぴきならない分断が齎した骨肉相争う状況を過ぎた如何ともし難いささくれが刻み込まれた時間が流れ、それは益々負の増殖を遂げつつある。
  • 芸術と呼べる、呼びたくなる舞台ってどのくらいあるだろう?
    私の基準、私の感覚では全体の1割とか2割とか。
    この舞台は、そんな少数派の1つだ。と感じました。

  • 良い舞台だったと思います。

  • 満足度★★★★

    拝見してきました。世情とらえた詩と、それらに動きを加えて、いろいろな擬音も加えて新しい感じでした。
    今年あったことを確認しながら拝見しました。

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