カラカラ。 公演情報 カラカラ。」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.3
1-10件 / 10件中
  • 満足度★★★

    日本の社会構造の縮図を提示されたようで、発せられる台詞に己の愚かさのベールをはぎ取られ、欺瞞的な心根がさらけ出されるようで痛い。
    あまりに直球勝負の物語だからか、言葉が鋭い刃物のように喉元に迫る。登場人物の背景が見えるサイドストーリーを絡めてエッジを滑らかにして、物語を飲み込めるようにしてもよかったのではとも思う。
    エンターテインメントとしては少しばかり窮屈な展開に物足りなさを感じる。

  • 満足度★★★★

    いろいろと考えさせる芝居でした。

  • 満足度★★★★

    思いもしなかった、かなり社会派な舞台、見応えありました!

  • 満足度★★★★★

    メッセージ性もあって、演者も芸達者たち。良かったです。

  • 満足度★★★★

    内容の濃い観応えのある舞台でした。謎めいたストーリーの中に、差別や偏見、自由、隠蔽など考えさせられる事が沢山ありました。役者さん達の表情も演技も良かったです。良い舞台でした。

  • 満足度★★★★

    ハンセン病強制隔離政策への痛烈な批判、グッときましたね。芝居としても面白く、実に見事でした。

  • 満足度★★★★

    鋭く重い問題提起をしたような公演。説明文にある原因不明の病気が発症し、患者はカラカラにひからびて体内発火を起こすという。国は患者を隔離し施設内だけで生活させる。何となく日本であったある病気と国の対応を連想させる。原告は国を相手取り裁判を起こし国家賠償を勝ち取ったと記憶している。
    時々、笑いを誘う台詞もあり、観せることにも配慮した好公演。
    (上演時間1時間35分)

    ネタバレBOX

    舞台セット…周りは暗幕、正面奥は紗幕があり別場所を表し、客席側は上手・下手にそれぞれ施設長の執務机・医師の診察机が白シーツに被われている。その白黒といった雰囲気が怪しく、物語の概観を表しているようだ。

    先に記したカラカラ病の体内発火は本当なのか?デマ、噂のたぐいで風評そのもの。それによって理不尽にも施設に隔離され、生活範囲を制限する。何となく日本におけるハンセン病を連想させる。施設内という場所だけではなく、就学・就労・結婚差別(公演では遺伝子レベルの病のため妊娠不可)など様々な差別や偏見などがあったと聞く。それは物語の台詞にある善良な市民によってである。さらに言えば身内でさえも患者を隠蔽せざるを得なかったらしい。

    本公演では「自由」の論議として「liberty」「freedom」を持ち出し、自由を主張する、要は自由を勝ち取らなければならないのが前者であると。「自由」と一概に行ってもその権利獲得の有・無が施設内・外にある「自由」の違いである。そこにアウシュビッツ強制収容所の”働けば自由”という歪曲した論議まで飛び出す。

    「差別」「自由」を強調した物語だが、さらに「特別」という隠蔽手段・手法を描いている。臭い物に蓋をするだけではなく、そうした環境下における「特別」な計らいで隠しておきたい事柄を正当化する嫌らしさ。根拠のない差別や制限、さらに怖い国家権力による「紙一枚」による理不尽な強制”力”をまざまざと描いた批判劇。
    今の世はインターネットを通じて情報が瞬時に得られるようになったが、その内容は混合玉石、必ずしも全てが正しいとは限らない。逆に言えば虚偽で人を陥れるようなものもある。国の施策に注視し、自分で考え行動する、そんな当たり前のことが風評によって左右される怖い世の中であることを痛感。
    次回の公演も楽しみにしております。
  • 満足度★★★★★

    はじめから舞台に引きつけられ目が離せません。役者さんの声もよく通り、素晴らしい舞台でした。自分が想像していたシナリオとは違いましたが、それを遙かに超える舞台でした。カラカラの自分に水をやらなければと思いました。

  • 満足度★★★★★

    正直なところ、装置などに物足りなさはあるのだけれど、これは自分の大好きな『ラ・マンチャの男』のメッセージにも通じる「精神」の物語になっていた。嬉しい驚き。

  • 満足度★★★★★

     タイゼツベシミル。(華5つ☆)

    ネタバレBOX

    差別・被差別の話だが、この問題を描くことには大きな困難が伴う。実に微妙な問題だからというのは無論のことながら、あっちやこっちから横やりが入るという状況をも意識せざるを得ないからである。その困難を押して作品を仕上げた作家に先ずは敬意を表すると共に、演出の意図を正確に読み取り自然な演技に昇華した役者陣の創造力・イマジネーション、身体性も高く評価したい。
     ところで、今作 成功の鍵は、直球で勝負している点にあろう。差別は、される側のほうがその本質を掴む。それは多くの場合、差別する側は、自分の頭を用いて深く考えずに、予断や習慣といった謂わば第二の「自然」に立脚して知的怠慢に陥るのみならず、それが知的怠慢でしかないことさえ気付かぬか気付かぬふりをするからだ。理由は、無論その方が楽だからであるに過ぎない。この辺りの曖昧さに対して、作・演出家は真っ向から向き合っているが故に、直球勝負なのだ。この姿勢には微塵も偏向や偏見がない。そして、この最も肝要な点を全員が理解し、創造していることから今作の素晴らしさが生まれている。本物の芝居である。
     無論、更に深読みすれば、差別が固定化することにより差別を受ける人々は、戦争の央であれ、或いはその準備の段階であれ、まっとうな意見を無視されるのみならず、故無きバッシングや恫喝、嫌がらせ、非人間的扱いなどありとあらゆる辛酸を嘗めさせられる。在日の方々、アジア・アフリカなどからの労働者、沖縄出身者やアイヌの血を引く人々などが、どれだけ不利で理不尽なもの・ことを押し付けられているかちゃんと目を見開き、バイアスをかけずにみれば誰の目にも明らかであろう。
     王は王であるがゆえに王であるわけではない。臣下や民が王と為すから王で居られるだけである。

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