幻覚と幻聴のミュージカル
覚せい剤打たずに、公演打とう!
実演鑑賞
JOY JOY THEATRE(東京都)
2019/12/28 (土) ~ 2020/01/01 (水) 公演終了
上演時間: 約2時間0分(休憩なし)を予定
公式サイト:
https://uchuuronkouza.tumblr.com
| 期間 | 2019/12/28 (土) ~ 2020/01/01 (水) |
|---|---|
| 劇場 | JOY JOY THEATRE |
| 出演 | 五十部裕明、鴻森久仁男(はっぽる☆しゅてぬ~る)、市川賢太郎(肉汁サイドストーリー)、伊藤あすか、星野慶太、KAWAIグランドピアノ、うぉぉぉぉりぃぃぃぃ島田、遠藤孝(藤の木)、新成亜子(秘密のユニット)、内藤ゆき、【声の出演】鳴澤大輔(N3Studio)、【映像出演】忍守シン(劇団ハッピータイム)、【粘体をこねながら出演】稲見和人、【紙を裁断しながら出演】ぺけ、【セリフ一言だけ出演】渡邉舜史、【出演者として出演】各種照明機材、【小道具として出演】覚せい剤、【1月1日のみ出演】千原和樹(チハライズドリーム) |
| 作曲 | 五十部裕明 |
| 脚本 | 五十部裕明 |
| 演出 | 五十部裕明 |
| 料金(1枚あたり) |
2,000円 ~ 2,000円 【発売日】2019/12/02 (特別回もすべて一律) |
| 公式/劇場サイト | ※正式な公演情報は公式サイトでご確認ください。 |
| タイムテーブル | 2019年 12月28日(土)18時開演 12月29日(日)13時開演/18時開演 12月30日(月)13時開演/18時開演(☆飲酒回) 12月31日(火)13時開演/18時開演 2020年 1月1日(水)13時開演(☆元日バージョン) 【全8ステージ(通常上演6回+特別上演2回)】 ※目標上演時間2時間 ※開場は各開演の30分前 (☆特別上演「飲酒回」)について 12月30日(月)18時の回は「飲酒回」です。 出演者が飲めるだけ酒を飲んで泥酔した状態で上演します。 開演2時間前から一同飲み始め、その状態で開場・開演して、上演中も飲み続けます。 ※下戸の人は飲みません ※しらふのスタッフを置きます ※上演クオリティ保証なし/通常回のほうがオススメ/お客さんも飲める人は酒の持ち込み推奨です(会場での販売はありません/ふるまい酒はあります) (☆特別上演「元日バージョン」)について 1月1日(水)13時の回は「元日バージョン」です。 作品を再構成して上演尺を2倍以上に引き伸ばし、お屠蘇気分で半日かけて上演します(想定上演時間・最長5時間/客席途中入退出自由)。 ※この回も上演クオリティ保証なし/通常回のほうがオススメ |
| 説明 | 【あらすじ】 出演者が覚せい剤をやる話です。 (作曲・演出・台本/五十部裕明) 【内容】 「酔っ払った演技」とか「狂った演技」「ラリった演技」って、たぶん、いろんな演技のタイプの中でも特にむずかしい類のものなんじゃないかと思うんですが、きっとそうした「やばい人/やばい状態」の演技って、空回ったり、類型的になりやすかったり、演技の力量がバレたり、しやすいわけです。 通常、ひとつの作品の中に「やばい人/やばい状態」の登場人物って、出てくるとしても一人だけってのがセオリーだと思うんですが、むしろ登場人物全員がそういう人、っていう趣向でそのへんワケわかんない状態にします。 |
| その他注意事項 | ・飲食可です ・上演中のスマホその他による写真撮影オーケーです (注)「飲酒回」と「正月バージョン」は、上演クオリティ保証なし |
| スタッフ | 【音響効果・照明技術・制作】五十部裕明 【編曲】宇宙論☆講座 【工作】渡邉舜史 【予約管理】新成亜子 ほか 《代表・五十部より》 100万円のお年玉プレゼントに始まり、10連休のゴールデンウィーク、10%の消費税、内田裕也が死に、市原悦子さんが逝き、ショーケンが帰らぬ人となり、モンキー・パンチが亡くなり、ケーシー高峰が他界し、小出義雄監督が旅立ち、八千草薫が故人となり、和田誠さんがこの世を去り、中曽根康弘にお迎えが来て、元KARAのメンバーが自殺し、ジャニーさんが看取られ、ディープインパクトが召され、イチローが引退し、ASKAが脱退し、純烈の人数が減り、西野カナが休業し、嵐が休止を発表し、コンビニからエロ本は消え、教師が激辛カレーを食べさせられていじめられ、上級国民が事故を起こして、人はタピオカに並び、闇営業をし、あおり運転をし、桜を見る会を開き、大阪城のエレベーターはミスだと言い、京アニが放火され、ノートルダム大聖堂が焼け落ち、首里城が燃え、老後資金は2000万円で、台風19号が来て、2019年の楽しいニュースなど蒼井優と南海キャンディーズの人と小泉進次郎と滝川クリステルとテコンドーの会長の顔がおもしろかったくらいのことしかない気がしますが、それはやはり「しくじった/やっちゃった」ことは「挽回する/取り返す」ことよりだいぶ目立つし、人は「死ぬ」までになにかを成し遂げることはできても、なにかを成し遂げた状態で「生まれる」ことはできないわけで、だから、きっとそれと同じだけ、現在0才のすげえやつやすげえことがたくさん「生まれて」いたはずの今年も間もなく終わりです。 1年が終わりに近づくと人は(世間は)、ソワソワ/ワクワクします。 「終わっちまう」ことの焦燥感と、「また始まる」ことへの期待とかです。 ピエール瀧がコカインを、元KAT-TUNの人が大麻を、沢尻エリカがMDMAを、田代まさしが覚せい剤をやるたび人は(世間は)、「あは~、やっちゃった」と言いながら、ソワソワ/ワクワクします。 なにかが「終わっちまう」こと/なにかが「また始まる」こと、すべてを失うこと/ゼロから立ち上がること、別れること、/出会うこと、金を使うこと/金を稼ぐこと、酔いが覚めること/酒を飲むこと、平成が終わったこと/令和が始まったこと、そういうソワソワ/ワクワクです。 そしてその極めつけは、やはり人間にとって、死ぬこと/生まれることです。 今回の台本は3年前に書いたものです。 3年前に、ぼくにとって初めて「子ども」が生まれたタイミングで書きました。 「子ども」が生まれるので、いろいろ予定をセーブしていたら、意外とやることがなくてヒマで、当時まだあんまよく分かってなかったので「演劇のイロハを知らない」という状態がどういうことなのかも知らない状態で書いた、ある意味では最強の台本と楽曲です。 内容は、自分の子どもに覚せい剤を与える親の話です。 3年前ぼくは当時ふと、生まれてきた自分の「子ども」に、覚せい剤を投与したいな~、と思ったのですが、そう思ったあとに、なんでそんなこと思ったんだろう、と思いました。 ぼくの好きな中崎タツヤのマンガに、百何十歳のおじいちゃんが、もういよいよ死の間際なんだけど、本人としては全然まだまだもっと生きていたいと思ってて、でも家族は、これで大往生だし百何十年て生きてきた、それはもう素晴らしいことだし、お疲れ様だし、ありがとうおじいちゃんみたいな、なごやかなに送ろうとしてて(それはもちろん正しい)、でもおじいちゃんは切実に、いやまだ自分は全然生きていたいし、百何十年生きたって、過ぎてみればそんなのもうほんとあっという間なわけだし、全然まだまだ生きていたいって思っている(それも正しい)、それで家族は、おじいちゃんが葛湯を食べたいって言い出したから、ああ、最期に好物を食べ納めておきたいんだよねって思うんだけど、おじいちゃんは別にその葛湯をいま食べたいわけじゃない、この先もっと命が続くなら、葛湯が食べたいなと思うタイミングがこれからもまだ何度もあるだろうし、そのたびに食べたいときに葛湯を食べられたらいいな、つまりまだまだ人生が続いてほしいな、と思ってる。っていう2ページの作品があります。 人は死にます(当たり前だ)! 長く生きたかどうかとか関係なく、あっという間です。 「もう十分生きた」みたいなのはあれは全部うそです。 生まれたら死ぬ。そして、「十分に」生きることは不可能です。 人それぞれ死生観はあるでしょうけど、ぼくはそう思います。 だからせめて、なるべく「体を使い果たし」たい。まだ目も見える、喋ることもできる、手も足も動く、葛湯を食べたいなということを思う脳みそも、まだ残ってる。そういう、まだ残ってる状態で死ぬのはもったいない。「いやだ死にたくない!」っていうより、まだ残ってるのに死ぬの「もったいない」。「死ぬ」んじゃなくて、「体を使い果たし」た結果、「消える」みたいになりたいわけです。 物理的に人間の体がシャーペンの芯だとしたら、最後の1ミリのところまで使い切らせてくれるあのうまいことできた機構のシャーペンで、最後の1ミリになって残った、点のようなクズの状態からさらに、マークシートの塗りつぶし用途などで、指の腹で紙にこすりつけられて無くなるのがいいです。 確実に体に悪いとされている(けどおそらく絶対に楽しい)こと、確実に法に触れてしまう(けどおそらく絶対に楽しい)こと、そういうことを、なるべくたくさんして死にたいし、でも今のうちからそういうことをあんまりすると、確実に死期が、元から設定されているものより早まるのは間違いないので、だいたい目安としてぼくは還暦過ぎたら、そこまでまずまずの状態で行けたら、そこから、だんだんにこっそりと、または完全に大胆に、そういうことをなるべくたくさんして、もちろん違法薬物なんかは真っ先にやって、「使い果たし」に行きたい。そう思っています。いや、ウソです! でも「子ども」が生まれて3年経ち、現在、言葉を覚え、ほぼ万全にコミュニケーションがとれるようになった今、あらためてこの子に覚せい剤を投与したいな~(いや投与しませんけど)、とたまに、やっぱり思うのです。 今回の公演の出演者関係者あわせて20人くらいです。 今のところその20人全員、いまこれを書いている2019年11月29日(金)現在まだみんな生きてますし(そりゃそうだ)、今回の公演が終わるまでにその中の誰かが何かあって不意に死んじゃうなんてことはまず無いことでしょうけど、でもまあ、確率の話で言ったら、来たる2020年代の、その10年スパンのうちには、この中の誰か少なくとも1人くらいは、なんかのことがあって死にます。人間が20人いて、10年の時が流れれば、その中の少なくとも誰か1人くらいは、(縁起でもない話ですけどすみません)なんかあって死にます。 そういうことを(どういうことだ)引っくるめて、新たな2020年代が始まるということと、体を使い果たして死のうよ、という劇です。音楽の力もめいっぱい使います。 さよなら2010年代! 最後にみんなで覚せい剤をやろうよ! よろしく2020年代! 最初にみんなで覚せい剤をやろうよ! |
チケット取扱い
この公演に携わっているメンバー2
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出演者が覚せい剤をやる話です。
(作曲・演出・台本/五十部裕明)
【内容】
「酔っ払った演技」とか「狂った演技」「ラリった演技」って、たぶん、いろんな演技のタイプの中でも特にむずかしい類のものなんじゃないかと思うんですが、きっとそうした「やばい人/やばい状態」の演技っ...
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