潜狂 公演情報 潜狂」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 満足度★★★★

    最近思うのが、人生には選択肢なんて無くて、その時のその選択は
    その時の自分が必ず選ぶ道で
    正解も間違いも無い、ただ一つの道
    だから僕ができるのはその時により後悔しない自分を作り上げていくことだけ
    最悪しか無い道でもあがき続けるしかない
    奮い立たせる音楽を聞きながら

    とにかく人や人生の悪いところばかり酷いところばかり
    散らばって絡まって悪化して
    心が削られるだけ削られて、感情に揺らされて晒されて
    人の心のヒダに触れて波立ててこの作品は何を残すのか
    収束した先に光なんて無い
    ただ音と、何か生きてるって、そんなそんなものが残った群像劇

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2019/08/29 (木) 14:00

    価格3,000円

    音楽スタジオに通う5人の人物に関するエピソードが併走し、やがて……な物語。
    出だしこそ笑いがあったりするが次第にシリアスに転じ、行き着く先は桟敷童子の悲劇より救いの少ない(いや、ラストのアレはある意味救いか?)「ヤな芝居」(笑)。(←決して本気で嫌なのではない(為念))

    そこに至る過程で脳内に浮かんだものは
    ・いっぱいに水が入ったコップにまだ一滴ずつ落ち続けるしずく
    ・燃え尽きそうな蝋燭の火を新しい蝋燭に移そうとする状況(「死神」トリビュート(笑))
    ・スパークが飛んでいるところに徐々に伸びて行くガソリンの筋
    ・ローリングコインタワー
    など

    また、かつてよく読んだ五木寛之の音楽を題材とした作品群も思い出す。
    満ち足りてしまうと鬼気迫る演奏ができなくなるので担当するミュージシャンを不幸に追い込むプロモーター(マネージャー?)……みたいな話、なかったっけか?

    ネタバレBOX

    ラストはそれぞれに喪失感を抱えた5人のセッションだが、まず思ったのは「打ちひしがれた状態で奏でる音楽は果たして良いものになるのか?」という疑問。
    が、その後、「五木寛之っぽさ」からむしろ心情が滲み出る凄まじい演奏になるのではないか?とか、演奏に没頭することで何か光のようなものが見えてくるのではないか?とかに考えが及び、さて、どうだろう?みたいな。(笑)
  • 満足度★★★★

    食指が動いた理由を会場に来て思い出した。下手にグランドピアノ、上手にドラムス。楽器に合わせたような鏡面加工の黒い床や台の側面が、控えめな照明に光沢を放っているといった具合。音楽が大きく入り込んで来る、その瞬間は冒頭に訪れた。ドラムをこれから叩こうとする青年に、年輩の女性が指導するように声を掛ける。(手を打ちながら)「最初はハイハット」。・・オモテ(強)ウラ(弱)と物語序章的に秒刻されるリズムの中、役者が各所で会話を交わす。「同じリズムをキープし続ける事」。・・鳴り続けるリズム。「オープン」(小節の最後にシンバルを開いてチーと鳴らす)。・・長い時を刻んで行く。場面は続く。「次はスネア」(三拍目に入れる)。・・「最後はバス」(一拍目)。各所で進行する場面に、拍を刻む行為が重なり三重奏、やがて映写板が浮かび、タイトル、俳優スタッフ名が映し出され、一気に暗転(音も落ちる)。
    作り手は形態にこだわっている事が分かる。「生演奏」をやってしまう音響家?も居るがそれは「音響」の範疇、であるのに対し、お話じたいに音楽が絡み、物語の必然で流れた音楽が結果的に「音響」効果を持つことになる演劇の一形態は、それ自体珍しくはないが、この舞台のような繊細な現代口語の登場人物に寄り沿うストイックな「音」、またピアニストとして登場する者が行う実演(素人からすれば十分「弾ける」人だがコンペには落ちる微妙な実力のライン)などは、稀有な形である。そして王道とも言える劇を締めくくるバンド演奏(劇中場面とも解釈でき、かつ劇の気分を包み込む音楽でもある)。萌える。
    「アフロ」(演奏される「チュニジア」のリズム)と聴いて懐かしさに眩惑する自分には、音楽要素たっぷりの舞台なだけで点数ボタンを連打してしまうが、もっと成熟した彼らを見た時のために満点は控えておく。

  • 満足度★★★★

    演劇とジャズをうまーくミックスした作りが良かった。初めて見る作者、劇団だ。ピアノやドラム、ベースのアンプが置かれた舞台で、美術らしい美術はなく、最初は抽象的な話かと思った。しかし、そうではなく、互いにほぼ関係のない5つの話が断片的なシーンをつなげながら同時並行に進んでいく。

    暗い過去のあるらしい謎のドラマーと女、借金申し込みをめぐる3人の男女のいざこざ、才能のないピアニストの男と女子高生の危ない関係、病気で余命1年の青年の友情と恋、高飛車男とベーシストの女性の同棲生活。最初は笑いも多かったが、次第に話が深刻になっていき、失意と挫折と孤独に満ちた人生が立ちあがってくる。5つの話を120分あまりで見せるので、一つ一つの話は平均25分程度。コントの積み重ねのようなものだが、5つの話の相互作用で、見ていて痛さがどんどん増していく。8最後のセッションを含めた上演時間は2時間15分、休憩なし)

    高飛車男が彼女を罵倒する言葉、女子高生がピアニストをなじる言葉、そうした日常のオブラートをはぎ取った厳しいセリフが、見ていてつきささった。金が絡むことでぎすぎすしてしまう3人の仲もふくめ、「人生あるある」をあちこちに見ることができた。

    5つの話はそれぞれ3人の演者で演じ、合計15人。それぞれの話から一人楽器演奏者が出て、最後に5人のセッションで「チュニジアの夜」を演奏した。聞いたことのない曲だが、暗めのブルースの曲想のなかに、時折明るい場面もあり、芝居とかみ合っていた。こういう全体の構成がきれいで、構造的な舞台で感心した。
    「ソナタ形式」が典型だが、音楽は構造的なもの。そこにフューチャーした舞台として、パーツを組み上げた構造性が成功していた。

    楽器は、ピアノ、ドラム、アルトサックス、トロンボーン、ベース。これだけ楽器も出来て、演じられる人を良くそろえたと思う。
    「チュニジアの夜」をまた聞きたい

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