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演技の真実:「感情」を捨てた瞬間、俳優は自由になる

  • 劇団天文座 劇団天文座(0)

    カテゴリ:フリートーク 返信(0) 閲覧(11) 2026/01/10 16:47

「悲しいシーンだから、悲しそうに演じる」——もしあなたがそう考えているなら、演技の本質を180度誤解しています。
今日の稽古場で起きたのは、演技における「コペルニクス的転回」でした。和やかなガジェット談義で始まった午後が、演技の根本を揺るがす発見へと変わっていく。その一部始終を、あなたにお伝えします。

俳優が陥る、最も危険な罠
稽古の冒頭、演出家の森本さんが放った一言に、稽古場の空気が凍りつきました。
「演技でやってはいけないこと。それは、感情を考えることだ」
私たちは台本を読むとき、無意識にこう考えます。

「ここは悲しいシーンだから、悲しそうに」
「ここは楽しい場面だから、明るく」
「重たい雰囲気を出そう」

しかし、演出家はこれを「最悪のアプローチ」だと断じました。
なぜか?
「悲しい」「楽しい」「重たい」——これらはすべて「形容詞」だからです。
形容詞を演じようとすることは、結果だけをなぞる上辺だけの演技につながります。それは料理に例えるなら、完成した皿の写真だけを見て「美味しそうに見せよう」とするようなもの。素材も調理法も無視して、見た目だけ整えようとする行為なのです。

感情は「結果」に過ぎない
考えてみてください。あなたが怒るとき、何が起きていますか?

殴られた(出来事)→ だから怒る(感情)
好きな人と付き合えた(出来事)→ だから嬉しい(感情)
親が亡くなった(出来事)→ だから悲しい(感情)

感情は常に、「事実(出来事)」への反応として生まれるものです。
「おはよう、早いね」というセリフ一つとっても、「楽しく言う」のと「笑って言う」のでは天と地ほどの差があります。
「楽しく」は曖昧な感情(形容詞)。
「笑う」は具体的な行動(アクション)。
この違いが、プロとアマチュアを分ける境界線なのです。

実験:たった一つの「事実」がすべてを変えた
稽古では、登場人物が早朝の海辺で会話するシーンを扱いました。
セリフ:「波の音がいつもと違ってね」
最初、役者たちは「雰囲気」で演じていました。「早起きして眠い」「静かな朝」といった漠然としたイメージで。
そこに演出家が、ある「事実」を投入しました。
「昨日、マグニチュード9クラスの巨大な地震があった」
この瞬間、稽古場の空気が変わりました。
「波の音がいつもと違ってね」という言葉は、もはや単なる気象の感想ではありません。津波の記憶、余震の恐怖、「生き残った」という安堵——無数の意味が一つのセリフに凝縮されます。
「外はまだ真っ暗だよ」は、ただ夜が明けていないだけでなく、停電して街の明かりが消えている光景を想起させます。
事実があれば、無理に感情を作ろうとしなくても、勝手に心が動く。
これが「サブテキスト」の正体です。セリフとして口に出されるのは情報の10%に過ぎません。残りの90%の水面下を支えるのが、この「強固な事実」なのです。

「楽しかった」という同じセリフ、全く違う二つの真実
「授業参観、楽しかった」
このセリフで、さらに深い実験が行われました。
パターンA:ネガティブな事実
事実設定: 子供はずっと下を向いていて、一度も顔を上げなかった。先生に当てられても答えられなかった。
生まれる感情: 申し訳なさ、罪悪感、心配
選択するアクション: 隠す、嘘をつく、強がる
パターンB:ポジティブな事実
事実設定: 子供が親を見つけて、笑顔で手を振ってくれた。張り切っていた。
生まれる感情: 喜び、誇らしさ
選択するアクション: 自慢する、共有する
興味深いのは、人間はネガティブな事実ほど隠そうとするという心理です。
パターンAの場合、親は「楽しかった」とあえて明るく振る舞い、事実を隠そうとします。一方、パターンBなら心からの「楽しかった」として自慢します。
セリフの音(トーン)は似ていても、内実が全く違う演技になりました。
川村さんがパターンBで演じたとき、その声には「自慢したい」という明確な色が乗り、聞いている側も子供の笑顔がありありと想像できたのです。

アクショニング:セリフを「動詞」に変換する技術
事実と感情が整理できたら、それを技術として定着させるのが**「アクショニング」**です。
これは、セリフの一文一文に、相手に影響を与えるための「動詞」を割り当てる手法です。
震災後の早朝シーンで考えてみましょう。

「おはよう」→ アクション:「確認する」(相手が無事か、生きてここにいるかを確認する)
「早いね」→ アクション:「凝視する」(相手の様子がおかしくないかじっと見る)
「波の音がいつもと違ってね」→ アクション:「警告する」(異変を知らせる)
「もしかして起こしちゃった?」→ アクション:「納得させる」(自分の行動を正当化する)

一行ごとに「何をするか(Do)」を明確に決めることで、演技から「迷い」が消えました。
ただ漠然と会話するのではなく、「確認して」「凝視して」「警告する」という行動の連続が生まれるため、シーンに強烈な推進力が生まれます。

未来を知らない強さ
稽古の後半では、「離婚を切り出すシーン」を扱いました。
多くの俳優は、この後「離婚することになる」と知っているため、最初から「悲しい雰囲気」で演じてしまいます。これを演出家は**「逆算の芝居」**と呼び、嫌います。
事実ベースのアプローチはこうです。
夫(海)は、妻(巡り)が離婚届を出すまで、本気だと思っていない。
事実: 突然離婚を切り出された
反応: 「冗談でしょ?」「また何か変なこと言ってる」と笑う、呆れる、否定する
実際に稽古で、夫役が離婚届を出されるまで「冗談だろ」というスタンスで演じたところ、その後の衝撃(本気の離婚届を突きつけられた瞬間)の落差が生まれ、シーンが劇的に面白くなりました。
「悲しいシーンだから悲しく」ではなく、「まだ信じていないから笑う」。
このリアリティこそが、観客を引き込む「現在進行形のドラマ」なのです。

あなたのコミュニケーションも変わる
演劇の技術は、演劇だけのものではありません。
もし日常生活で「伝えたいことが伝わらない」と感じたら、試してみてください。
❌ 形容詞で語る: 「妻が喜んでた」「すごかった」「楽しかった」
⭕ 事実で語る: 「妻が指が痛くなるほど拍手してくれた」「5回も『ありがとう』って言われた」「帰り道ずっと笑顔だった」
それだけで、あなたの言葉は劇的に変わり、相手の脳内に鮮やかな映像を映し出すはずです。

結論:事実は過去形、演技は現在進行形
今日の稽古で何度も繰り返された言葉があります。
「事実は過去形(〜した)。演技は現在進行形」

「子供が手を振ってくれた」(過去の事実)→ 「だから今、夫に自慢する」(現在のアクション)
「巨大な地震があった」(過去の事実)→ 「だから今、相手の無事を確認する」(現在のアクション)

事実という「過去」を強固に構築することで初めて、俳優は舞台上で「今」を生きることができます。
「感情」というあやふやな雲を掴むのではなく、「事実」という大地を踏みしめること。
それが、観客の想像力を刺激し、心を揺さぶる演技への唯一の道です。
そして、それは演技だけでなく、あなたの日常のコミュニケーションをも変える力を持っているのです。

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