劇団印象-indian elephant-
採点【劇団印象-indian elephant-】
★★「女の幸せ」というステレオタイプ

ラスト間際の、日本語とヒンディー語のやりとりはよかった。いずれも日本語で行われていたものだが、俳優たちはお互いの言葉がわからないというすれ違いを演じていて、観客だけが味わえる妙があり、面白かった。

インドの病院に関しては取材をしたこともあり、とても勉強になるし、リアリティがあった。しかし、そこに介入するフィクションがどうしても稚拙に見える。ドキュメンタリーを撮っている友人と、インドの街で偶然会う設定はどうしてもお粗末。女の幸せは子どもだけか、そうじゃないのか、問題提起するにしてもそれではやり方が甘いし、ステレオタイプの枠を出ない。それにしても、こんなに話し合いもしてくれて、理解もしてくれる旦那さんはうらやましいなあという感じ。

ステレオタイプと書いたけれど、それはキャリアウーマンの主人公が結婚を思い立ち、お見合いをするところから細かく細かく描いていることにも原因がある。主人公の家族も、良くも悪くもステレオタイプ(こうるさい専業主婦の母と、尻に敷かれた父、夢を追う自由奔放な妹)で、代理母のメインテーマに必要なディテールとは思えない。すべてを平等に書きすぎているので、主人公の葛藤やインドの代理母の繊細な心情描写の邪魔になってしまう。

精子と卵子の劇中劇は、Eテレのストレッチ番組みたいなかぶりものがださすぎると思った。選ばれた精子から命が生まれること、その大切さはもちろんわかるけれど、ださいのは感受の妨げになるので今後考えてほしい。

★★★社会問題の多面性に挑む真面目さ

 インドでの代理母出産をめぐるさまざまな問題点、当事者たちの葛藤を描いた佳作。インドのクリニックに取材したというだけあって、代理母たちの生活、特に帝王切開をめぐるやりとりには痛いほどのリアリティを感じました。
 先進国と途上国の関係の複雑さはもちろんですが、この物語の起点にある晩婚・晩産、不妊といった問題もまた、決して当事者本人だけの責任に落とし込まれるべきでない、非常に複雑な背景を持っているものです。さまざまな視点をテンポよく交えて物語を進める本作には、一面的な善/悪を作らない工夫が凝らされているとも感じました。もちろん、そのことによって、多少、典型的な人物造形をせざるを得なかった部分も、ドラマとしての盛り上がりを作りづらかった面もあるかもしれません。しかし、社会問題への取り組み方としては、誠実ですし、だからこそ、「正しさの主張」を感じることもなく、違和感なく観ることができました。
 それにしてもなぜ、若い男性がこの問題をとりあげるに至ったのか。そのモチベーションはどこにあったのでしょう。観劇後、ふと疑問に感じたのも事実です。ラストシーンでは、待望の子どもを得た女性が、これまでとは異なる日常に戸惑う姿が描かれます。なんだか皮肉なこの結末は、問題の複雑さを表現してもいるのですが、ここにもう少し、「社会の問題」としてこの課題に取り組んだ、モチベーションが見えても良かったなと思いました。

★★★★ネタ化される現代の生命についての考察

 不妊と代理母、そしてタイトルになっている“世界規模の赤ちゃん工場”という旬の社会問題と真正面から向き合ったストレート・プレイでした。先進国と発展途上国の搾取の構造や、何もかもが商売やニュースのネタにされていく現代の消費文化について、観客の私も当事者の一人になって考えさせられました。

 「(自分と配偶者の遺伝子を継ぐ)子供が欲しい」という“平凡な幸せ”を求める日本人女性が、不妊に悩んだ末に代理母出産を決心します。「外国人向け代理母出産」というビジネスが実行されていく中で、主人公の家族の反応や、インド人代理母と依頼者夫婦との関係、胎内の精子と卵子の様子などが描かれていきます。出来事を一面的ではなく表と裏から、もしくは横から、上からも見つめる複眼的な視点を持つ戯曲でした。セリフが確信を持った言葉に聞こえたのは、作・演出の鈴木アツトさんが現地取材をされたからかもしれません。

 深刻な問題を生々しく扱っていますが、コミカルかつ軽快に展開していくので暗くなり過ぎませんし、ファンタジーの要素も大いにあります。場所の移動が頻繁にあるため転換に工夫が見られましたが、残念ながら演劇的なフィクションの立ち上がり方には、まだまだ改善の余地があるように思われました。

 小山萌子さんはスリムで美しい体型も活かして、主人公砂子を魅力的に演じていらっしゃいました。目的達成のためには手段を選ばないエリートの砂子は、ともすれば観客の嫌われ者になりかねません。でもわがままを通す子供っぽさの元にある切実さが伝わってきたので、人間として愛らしく見えました。真剣であればあるほど滑稽に映るのも良かったです。彼女を媒介にして出来事を多面的に解釈することが出来ました。

★★★真っ当すぎる物足りなさ

アフタートークを聞いて、主宰の鈴木アツトさんの誠実さに好感をもったし、物語としてはとても真っ当なのだが、どこか最初からずっと「物足りなさ」を感じていた。それはシナリオ、役者、演出、すべてに感じたことである。ただ、こういう物語性を誠実に作り続けてもらいたいという気持ちもある。

★★★★主人公の今後が気になる。

オープニングはどんなお芝居になるのか想像がつかなかったが、よく出来た社会派のホームドラマ。

取り上げたテーマがとても的確で、他人事に出来ない重さを持っていた。その重いテーマを主人公夫婦が好演。見終わった後になんとも言えない引っかかりが心に残るのは演出家の狙いだろう。

この後の人生が気になってしょうがない。砂子の幸せを祈りたい。

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