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ストレスゼロ・ハウジング
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公演情報
かまどキッチン「
ストレスゼロ・ハウジング
」の観てきた!クチコミとコメント
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ぱち太(1782)
実演鑑賞
満足度
★★★★★
見てきました。
家をめぐる三つの変奏。
以下ネタバレへ。
ネタバレBOX
「家」をコンセプトにした三本立て。しかし、三作品は驚くほどバラバラだ。
殺人をめぐる物語、部屋を案内するルームツアー、そして人間そのものが住宅になってしまう話。ひとつの世界を三分割したというより、三人の劇作家が、それぞれ別の方法で「家」を扱っている。
ところが、見終わってから並べてみると、不思議なつながりが見えてくる。
一作目、藤井颯太郎『隣人』は、ベートーヴェンのOp.9-2や『ゴドーを待ちながら』を連想させるような、物語の緊張と、相手が次にどう動くかというゲームがある。
恋人を殺した男に、隣人が「僕もなんだよ」と声をかける。共感してくれたのかと思えば、実際には自分の犯罪に巻き込むための嘘だった。相手に役割を与え、自分の筋書きに組み込もうとする。しかし、相手は思いどおりには動かない。
主人公の職場では、いじめを受けた後輩が出勤しなくなっている。描かれているいじめは、普通の会社なら加害側が処分されてもおかしくないようなものだ。主人公が職場に不安を感じることは理解できるが、それが恋人を殺すに至った理由なのかは、はっきりしない。異常な環境にいることと、その人自身が何を考えているのかは、別の問題なのだろう。
人物の心理をすっきり説明できないまま、他人を自分の物語に巻き込むゲームだけが進んでいく。
二作目、新宮虎太朗『知らない街の悲しいルームツアー』は、クルタークや『フィネガンズ・ウェイク』を連想させる。部屋を案内するという、ごく小さな出来事から、観光すること、見せること、見られることが膨らんでいく。
案内する側もされる側もミッキーの耳をつけている。自分たちが観光客であることを、言葉ではなく身体で表明しているようにも見える。案内する人がいて、案内される人がいる。その関係ができた瞬間、そこには観光という舞台が生まれる。
個人的な部屋は、見学対象になった瞬間に観光地へと変わる。案内役がいて、見学者がいて、部屋は見られるための場所になる。
部屋ひとつを見せるだけなのに、人も空間も観光という枠組みの中に取り込まれてしまう。小さなものを観察しているうちに、その背後にある社会の仕組みまで見えてくるような面白さがある。
そして三作目、児玉健吾書き下ろしの表題作『ストレスゼロ・ハウジング』は、バッハの《ゴルトベルク変奏曲》を連想させる。
最初はインターフォンや雨樋といった住宅の部品が出てくるだけだったのが、やがて巨大な集合住宅になり、内見まで始まる。ところが最後には人間に戻る。
小さな要素が組み合わさり、建物になり、さらに内見という行為や人間関係まで生み出していく。ひとつのものが次々と姿を変え、要素が増え、全体ができあがっていく。人間が住宅になるという発想そのものが、変奏の仕組みになっている。
しかも、深刻な事件で一気に話を進めるのではなく、多くの要素が絡み合う、ゆるふわでわちゃわちゃした展開になっている。前の二作を見たあとだからこそ、こうした要素の絡み合いをバッハ的なものとして感じたのかもしれない。連想する先は人それぞれ♨️
こうして並べると、三本には「他人を自分の物語に巻き込む」という問題が、違う形で現れているようにも見える。
一作目では、他人を犯罪の筋書きに組み込もうとする。
二作目では、観光という枠組みが人や部屋に役割を与える。
三作目では、人間そのものが住宅へと変わり、部品から建物、内見へと世界が増殖していく。ここでは、誰かが他人を筋書きに引き込むというより、人間と住宅の境界そのものが変わっていく。
ベートーヴェンからクルタークを経てバッハへ。
物語の緊張から、極小の世界の拡大へ、さらに多声的な変奏へ。
もちろん、これは演出家が意図した対応関係というわけではなく、見ている側が見つけた補助線にすぎない。
むしろ面白いのは、三作品が最初から似ているわけではないことだ。「家」という共通の入口があるだけで、作家ごとに世界の作り方がまるで違う。それなのに、並べて考えると、作品と作品のあいだに新しい構造が浮かび上がる。
同じものを三通りに描いた短編集というより、バラバラな三本を見た観客が、あとから勝手に橋を架けていく短編集。作品そのものだけでなく、そのあいだに何が生まれるのかまで楽しめる公演だった。
ちょっと綺麗にまとめすぎたかも。すんません(汗
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2026/10/09 18:31
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