だから、古典オペラ(ラ・ボエーム)のミミも思い出す。 ミミのようなオペラヒロインは、普通の女性の人生を一人の主人公に凝縮することで、その人生をオペラにする。 しかし『HAVE A GOOD DAY!』にはミミがいない。 その代わり、ミミにならなくても歌える女性が10人いる。 「ミミの10人の分身」というより、「ミミになる必要のない10人」と言った方が近いのかもしれない。 Ado的な現代の女性の一人称と、ミミのような古典オペラの女性主人公は、一見まったく違う。 けれど、「これまでなら歌にする必要がないと思われていた女性の日常や感情を、歌の中心に置く」というところではつながってくる。
『HAVE A GOOD DAY!』は、それをさらに奇妙な方法でやっている。 個人をスターにするのではなく、10人のレジ係を並べる。 匿名化された労働者を、まずクラフトワークのように見せる。 そして、その一人ひとりから声を取り出す。
『HAVE A GOOD DAY!』では、スーパーの表側にいるレジ係が、そのまま舞台上で心の中を歌ってしまう。 『ヤニすう』がスーパーの「裏」に人間を発見する作品だとすれば、『HAVE A GOOD DAY!』はスーパーの「表」そのものをオペラにしてしまった作品、とも言える。 しかも『ヤニすう』が二人なら、こちらは10人。 スーパーの人間関係を10人に増殖させ、クラフトワークのように並べ、最後にはオペラにしてしまったようにも見える。
チェーン小売の国際化によって、スーパーはますます標準化された空間になっている。リトアニアにもドイツ系のLidlなど国際チェーンが進出している。 ただし、『HAVE A GOOD DAY!』が特定のドイツ系スーパーをモデルにしたということではない。 むしろ、「どこに行っても似たようなスーパー」という時代になったからこそ、レジ係という匿名的な労働者を10人並べ、それぞれの内面を歌わせるという作品が成立する、と考えると面白い。