公演情報
排気口「人足寄場」の観てきた!クチコミとコメント
実演鑑賞
満足度★★★★
初のユニットだったが「怪談」と聞いてこいつは持って来いと初観劇に及んだ。怪談を「論ずる」のか事実怪談(怖い話)なのか・・。結果は、「怖い話」であった。笑いを作る難しさという事を言われるが、本心から怖がらせるというのは中々技量を試されるのでは、と。
今公演では積極的にアフタートークを設定していると言う。自分の観劇回にも怪談作家との対談があった。
「怖い」と言えば、夜カーテンの影におびえる小心者ではあるが、霊感が無いのは凡庸の証であるゆえ超常体験を欲していた凡人の一人でもある。ある時映画「リング」を観た。小気味良い程に怖く、何度となく観たのだが、ついに古書店で当時はVHS版が出ていて購入、時間を置いて、観た。なぜ観るのか、自分への説明は「如何に怖いか、なぜ怖いが発動するのかを突き詰める」ため。陽の光のまだ明るい時刻にも見たが、怖さは変わらなかった。映画中怖いポイント(場面)は幾つかある。音響に気づいた。なるほど「良く見えないものが見える」その予兆も画面にある、それが「見えた」瞬間、不気味な音が最高潮に達している。気づかなかったぜ・・こんな細工が、と「判った」気になっても、やはり怖い。見慣れるために黒髪で現われる異形の者の姿を何度も見たが、見慣れなかった。何かを怖れる理由が、見る者の側に、ある。潜んでいる。それは疚しさなのか、根源的感情なのか、胸を張って表明出来ない何か、暴かれるのを怖れている何かを守ろうとするがゆえに、無作為無遠慮に暴く存在を怖れる。殺害への怖れも、「そうされて当然」とばかりに殺られる事への恐怖なのかも知れぬ。
映画も演劇も、人間の秘密を覗く楽しさがあるが、そこには当然自分も含まれる。芝居で笑う時は自分を笑ってもいる。今回の「怖い」芝居では、巻き込まれて行く人間共を高みの見物する愉楽を味わい、そしてちょっとだけ自分を同化させ、楽しむ時間。怪談を聞く場に居合わせる事は、ある種の霊的な時間に身を置く事であり、「宗教」と名の付くものを忌避する日本人も無自覚にその領域に身を浸しているのだと思う。怖い、という感覚への憧憬も、禁忌であったり抵抗の敵わぬ存在に触れる霊体験を欲しているという事なのだ・・と、仮説を立ててみた。