公演情報
Bunkamura「海辺の独裁者」の観てきた!クチコミとコメント
実演鑑賞
ギリまで迷って結局観に行った。松尾氏とタッグを組んだ振付師・康本女史の事は不勉強で知らなかったが、観て良かった。
舞踊作品の脚本をどう書くのか、何を描いた作品なのか「ストーリー」を語ってるらしい様子はあるがその解読は難しく、舞台が見せる絵、瞬間瞬間の動きや展開に、目が行く。体の発するニュアンスを、感覚的に受け取るまでしか出来ない(それが正解なのかも知れぬが確証はない)。全体を時間的な俯瞰で捉えるのは苦手だ。目先の現象に囚われてばかりで引きの目が持てない(特に体力のない時は)。浮薄な自分だから全体を捉える目に憧れる。
閑話休題、ディストピアか夢の中か、精神世界かの奇妙な光景と、ギャグ的コント的場面と、何やかやを積み重ねて行くと、やがて舞踊家たちが存在感を高め始める。数珠繋ぎのペットボトルを体に巻いてバリバリと転げたり蠢くシーンから、徐ろに純粋舞踊と観る以外ない喧騒の中での舞踊の競演へと突入する。
そのシークエンスの後半は、コクーンアクターズスタジオの若者達も加わって壮観。衣裳の形状と色彩の個性(バラバラ感)がいい。基本正面を意識したユニゾンやコンビネーションの激しい動きとエネルギーに圧倒され、目は釘付け、手に汗を握る。
ペットボトルの終盤から全体を指揮してる風に動くのがどうやら振付師本人と思され、最終場面では隠し立てもせず君臨する様がある。
それとは別に、開幕から舞台やや下手の塔の上で鏡を前に化粧したり、怪しげに振る舞ったり拡声器で風の音を出してる孤高の存在が、最後の舞踊に混じった後、サラリーマン(但し今時の)ファッションで登場し、去るのが幕引きである。その直前、踊らにゃ損とばかり踊る連中が二つ並ぶ塔を一周し始め、コクーン集団がまず先に裏手へ回り切り、それまでは登退場口の一つでしかなかった塔の隙間から踊りまくる姿を見せ、照明は逆転。メインキャスト(ダンサー)らもその引力に抗えないかのように、倒れた状態でその隙間へと物理的な物体となって吸い込まれて行く。
この構図、どこかで観たな(映画なら色々ありそうだが)と思い出すのは梁山泊の「青き美しきアジア」。都会の深夜デスクワークをする二人の勤労者の会話場面と、猥雑で人間臭いドラマが展開する「南の島」の対照。この芝居は都会から南の島へ、憧憬のベクトルで締め括られてたが、本作「海辺の独裁者」は浮かれた世界、あるいは原初的世界(理想?)からしがない現実へと戻り行く姿、ある意味観客である私ら、を示してたような。
喧騒と享楽の世界に背を向け黒鞄を手に客席へ降り入場口へと姿を消す絵が、強い印象を残した。
宮崎吐夢のトークショー?を久々に拝めた事やら、確かにどこか独裁者風に振る舞ってはいた松尾スズキやらは、あったのだが、音楽プラス舞踊の力、侮れんなァと再認識した出し物であった。