公演情報
劇団はみだしぼっち「魔法少女マジョリティ」の観てきた!クチコミとコメント
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2026/04/24 (金) 19:00
魔法少女ものの劇ということで、勝手に何となく、キャッチーで軽くて、あんまり考えずに観られる劇かと思って、観に行ったら、近未来が舞台になっているものの、魔法少女の可愛さ(衣装も含めて)や笑いもありつつ、社会問題や今の日本の現状を肥大化させたような世界が描かれ、身につまされるものがあり、良い意味で思っていた感じと違って、衝撃的だった。
劇の冒頭で、女子アナに扮した役者がフリップネタを披露したが、フリップネタの中に『クレヨンしんちゃん』に出てくるボー君など分かり易く、大いに笑えるネタもあったものの、フリップネタ全体としては正直全然笑えず、周りの観客を何気に見ても白けてしまっていることも多く、この役者白けさせる天才かと、嫌味とかではなく、感心してしまった。むしろ、これからは、その役者自身のなにげに白けさせてしまう才能を自虐ネタにして笑いに変えるという、逆転の発想もありかなと感じた。
劇中、ところどころ、歴代の魔法少女もののアニメや『ハリーポッター』シリーズに出てくるキャラをネタにした笑いや隠れミッキーならぬ、劇中の随所に魔法少女もののアニメや『ハリーポッター』シリーズ等に対するオマージュがなされていて、大いに楽しめた。
また、魔法生物であるぬいぐるみで喋るはちべぇが、明らかに『魔法少女まどか☆マギカ』に出てくる、魔法生物きゅうべぇに寄せている気がして、脚本·演出の渡辺佑美さんの魔法少女愛が色濃く感じられた。
劇中で、魔法少女朝子(演じている役者がどことなく元NMB48に似ている)が魔法だけでは倒せない敵に対して、朝子の魔法生物であるはちべぇの助言で対戦をすることになるが、ベイブレードはまだ良いとして、かき氷の早食い対決は、その無茶振りっぷりが平成アイドルのバラエティ番組の罰ゲームを彷彿とさせて、観ている私たちをハラハラドキドキさせ、最後の対戦のカードゲームは、『小さ過ぎて見えねぇよ』的なことを朝子が楽屋ネタ的、的確なツッコミもあって大いに楽しめた。
ただ、対戦場面で、観客を半ば強制的に役者が適当にその場で選んで、観客に無茶振りをやらせたら、より面白いとも感じた。
今回の劇では、魔法少女朝子が最初は何も考えずに、魔法生物はちべぇに言われるままに敵を倒し、そして敵を倒すと、お年寄りや小さな子どもから、学校の同級生や先生にまで褒められたり、感謝されるもので、それが心地良いのもあって、日々敵(ヴィラン)を倒す日々だった。
しかし、劇の途中で魔法少女朝子はこのままで良いのかと自問自答し始め、自分が倒していた敵の中に、同級生がいたり、敵が何を言っているか分からなかった騒音は、社会問題等かなり真っ当なことを訴えていたことが分かり、一体敵とは何なのか、自分が戦うべき相手とはということに思い悩み、塞ぎ込んでしまう。
そして、実は魔法生物のはちべぇが…という流れが非常に現代的なテーマを孕んでいて考えさせられた。
特に魔法生物のはちべぇが時々口にする『君は何も考えなくて良いんだよ。敵は敵さ』というような言葉が単なる絵空事とも思えず、自分も劇中出てくる登場人物のように半ば諦め何も考えずに他人に流されている時がないか、世の中の事柄に無関心になっていることはないか深刻に考え込んでしまった。
この劇を通して、無関心ほど怖いものはない。
為政者は分断を煽り、国民の不満の捌け口として、少数派や外国人を敵に設定する。
そうすると、国民が本来関心を向けなければいけない、国家に監視されていないか、思想信条の自由を奪われていないか、平和が崩れ知らぬ間に戦争に突き進んでいないか、不正を隠蔽しようとしていないかといったことよりも、国民の関心が簡単にそういった仮想敵に向いてしまう(同調圧力が効きやすい日本社会では特に)危険性があり、世の中の無関心がより国家や時の為政者の暴走を簡単に許してしまう危険性を、この劇では如実に物語っている。
考えることを辞め、国家や為政者(政治家)が言うこと、発信することを真に受けるのではなく、国や為政者(政治家)の言うこと、発信することに対して、疑問を抱いたり、1度立ち止まって考えること、対立を煽ったり、威勢のいいことを言う政治家等を信じないこと、対立よりもどうやったら理解できるのか、仮に相手が文化も言語も全然違う国だとしても、勉強し理解しようと努力し続けることの大切さを、この劇を通して改めて考えさせられた。
今回の劇では、本当の敵は身近で信頼していた魔法生物はちべぇだったが、実際は、本当の敵は誰というようなことは基本なく、この人は敵、この人は味方と自分の中で分かり易くレッテル貼りをするところから、それが段々と集団に波及し、肥大化していくと、社会の中で分断が深まっていくのかもしれないと感じた。
敵とは、自分とは文化や言語が違う、自分にないものを持っている、自分と違うファッション等、嫉妬や嫉み、僻み感情がいつしか憎しみ、偏見、差別等に変わっていき、出来上がっていくものではないかと感じた。
相手を知ろうと努力し、国レベルで言えば、外交し、理解し合おうと地道に根気強くアプローチし続ければ、戦争や争い、偏見や差別は解消するのではないかと感じた。
今の時代、相手に対しての想像力が著しく欠如しているから、差別や偏見、SNSで簡単に相手への誹謗中傷等を書けてしまうのではないかと感じた。
相手のことを知らないから、余計に不安になるし、恐怖も抱き、それが引いては外国人問題等にも繋がっていくのかも知れないと今回の劇を観ていて、強く感じた。
今回の劇の中で、最後のほうの場面で、今まで敵(ヴィラン)と思って、あんまり考えずに倒していた敵(ヴィラン)と話し、言いたいことをお互いに言い合った後、双方が理解し合おうと歩み寄っていく感じで終わっていくのに、少しの希望を感じた。
そして劇中、学校の同級生で敵(ヴィラン)と魔法少女朝子との関わりにおいて、GL(Girls Love)的展開を匂わせる場面が出てきたことも、個人的には良かった。
魔法少女なのに朝子という少し古風な名前も面白かった。
また、劇中あちこちに出没する敵(ヴィラン)が基本中央線沿線にしか出ないという謎の縛りや高円寺や阿佐ヶ谷のどこどこに出たと言うようなサブカル的で庶民的な場所に、妙に具体的に情報が表現されているのが、自虐的で、共感でき、笑えもした。