公演情報
SPAC・静岡県舞台芸術センター「Qui som?─わたしたちは誰?」の観てきた!クチコミとコメント
実演鑑賞
満足度★★★★★
なんか不思議でしたね。
隣の人が公演のこと何も知らない人だったのに、めちゃくちゃ拍手してました。
公演後は晴れ渡った富士山をバックに素晴らしい大騒ぎでした。…なんだろう?みんなに、何かを伝えたい、不安に負けてはいけないことをと、と思いながら藻掻いていたら、このようなものになった、と役者が言いながら。…たしかに自分もその言葉を納得しながら受け入れて拍手したのは間違いない(笑
世の中って、何でしょう?
人間って、恐怖に飲まれるとどうとでもなるんです。そんな姿をさんざん観てきました。僕は何一つ悪いことも後ろめたいことも皆無だから平静でも。…じゃあ、どんな予想もしなかったことが起きても、そしてしても、しょうがないねって言われたらどうかと思うと…まぁ皆様と同じように自分も思うと思います。そんなことぁねえだろ、と(苦笑
不安というのは恐ろしいものです。
不安になると本来なら、異常な状況ですから最大限に思考しなければならないはず…でも、脳のスイッチがきり替わるんです。そして思考の範囲が狭まり2-3くらいの候補に逃げ、その狭い選択肢のなかをぐるぐる思考はめぐり、オーバーヒートして、やがて思考停止して役割のテンプレ、要はRPGのキャラ化してしまう。
そうすると、会話は通じません。相手が想定していなかった事実を提示し、第三者に確認可能ですよ、と言っても、RPGの村人になっているので、決められたこと以外は何もしません。
これが不安にのまれた状態というもので、ただ外部から見るとRPGのキャラ化してるので、想定外の応答には答えられないだけで、一見すると明るくて何の不安もないように見えます。
そんな時に怖いのが、倫理や法律を完全に踏み外し『恐怖に飲まれて不動のオーラを醸す』人間が突発的に出現することです。これがどれほどの害悪をもたらすものか。本来ならヒトラーは酒場で酔っ払い相手に演説をしたまま終わるはずでした。でも違った。不安に飲まれてRPG化したドイツ国民はついていき、フランスにワンパンで勝ったんで調子に乗って史上最悪の独ソ戦へ。不安にのまれ、思考の幅が狭まる怖さは歴史が示しています。
何かに巻き込まれて恐怖に飲まれた人たちは小芝居にコロコロ巻き込まれます。僕が『正気になってください、とりあえず警察に相談したら?』と言ってもです。想定外の応答には答えられないんです。へんな犯罪に巻き込まれたなら、普通は警察に相談すればいいのに、その応答がなぜか想定外だと、RPGの村人化して、本来なら当たり前のことさえ考えられなくなるんです。これは恐ろしい。自分のように、常に、まぁ演劇とかを観ながら客観視して、周りで変な状況になっても不安を制御しつつ当たり前の行動を取れるように…できてるかはわかりませんが、でも311のときはみんなそうは思っててもなかなかできなかった。
後になったら大笑いで『なんであんなくだらない小芝居に騙されたんだ』みたいなことを言っても。なんで三文芝居にだまされるのか?それは恐怖にのまれるからです。目の前に巨大な権力か何かがあり、したがわないとどうなるか分からない…みたいな。この演劇はそんなことを教えてくれる気がします。
恐ろしい波でも、あとになって考えたら『落ち着けばなんてことないよ』になりますよね。恐怖に包まれると、正常な判断ができなくなるんです。
静岡の人って、そういう体験をしたのかな?とも思いますが。