帰ってきた?! 新版:プレイス・リバティ 公演情報 海ねこ症候群「帰ってきた?! 新版:プレイス・リバティ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    普遍的で分かり易いテーマを等身大で描いた物語。チラシに 主人公にとって「3階奥にある女子トイレは誰にも邪魔されない聖域」とあり、当日パンフに主宰で作/演出の作井麻衣子さんが、「『孤独』は誰しもが抱えているものであり、ふとした瞬間に素知らぬ顔で隣にいる 」と記している。自分の居心地の良い「場所を見つける」ことは大切。

    また「(孤独と)上手く付き合えたらいいものを…私はまだまだ仲良くなれていません。追い込まれてる時こそ、視野を広く持てたらいいな」と。劇団は コロナ禍に旗揚げし5周年。コロナは人の物理的な距離はもちろん、無関心・不寛容といった心の壁 人間関係を作ったようにも思う。話は「ひとり」という当時の情況を反映しているようで興味深い。

    物語は、主人公にオカルト研究部と生徒会の三者三様の思惑が絡み合い展開していくが、さらにチラシには書かれていない謎の女子高生が…。最後には謎の女子高生の正体も明らかになるが、その背景が深堀されていないのが惜しい。孤独が好きなのか、孤立させられる怖れ によって描き方が違ってくる。
    物語をどう捉え その展開を楽しめるか否かが カギ。

    さて 公演は孤独な作業と いろんな縁で出来た多くの仲間ーキャスト・スタッフと歩んだ現在地。この作品は 2023年に初めて筆を執ったもので、今回の再演にあたり大幅改訂したらしい。その瑞々しさが随所に観られる。演出は 舞台(学校中)をくるくる回るように走り、椅子に上がり歌ったりと躍動的。
    (上演時間1時間40分 休憩なし) 

    ネタバレBOX

    舞台美術はトイレットペーパとそのホルダー、そして白い箱馬がいくつか。壁には白い布が吊るされており 全体的に白基調。衣裳は高校生らしい制服だが、その着こなしに人物の性格等が表れている。例えば トイレの住人 清水詩織は普通にシャツ/ブラウスとスカートだが、生徒会長の石田亜紀は 必ずブレザー・ジャケットを着ており隙を見せない。細かいところへの拘り、それは学校という狭い世界(空間)の中にも色々な問題がある、そんな広がりと深みを感じさせる。また照明によって 白布に映る人影が登場人物以外の生徒を表し、学校という雰囲気を出していた。さらに格子枠(意識の囚われの隠喩か?)の照明も意味深だ。

    詩織は、3階の奥まったトイレにいる時が落ち着く。しかし孤独と勘違いしたオカルト研究部(通称=オカ研)が、彼女を入部させ廃部を免れようと画策する。トイレという狭い空間に部員3人(大山光孝・小川ひかり・東海林 咲)が入り込んで勧誘するが…。オカ研の男子部員までが 女子トイレに入ったところを生徒会役員が目撃し、トイレ使用のルールを厳格化する。そんな時、会長の亜紀の下駄箱に嫌がらせの手紙、そしてトイレ掃除をしている謎の生徒 吉野花子が現れ、といった脇筋がうまく絡み合って 作品に深みがでた。花子は詩織に掃除を勧め次第に仲良くなる。

    詩織は1人でいる といった「孤独」を苦にしていない、一方 亜紀は人に嫌われたくない といった「孤立」を懼れている。どちらも物理的には「独り」の状態だが、そこには心理的な違いがある。先の嫌がらせの手紙は生徒会書記 鈴木穂乃花のしわざ。穂乃花は、亜紀の悩みや相談事は自分にしてほしい といった承認欲求があった。しかし いつも副会長 斉藤一が といった嫉妬心から亜紀の関心を向けるための嫌がらせ。オカ研のしつこい勧誘で孤独になれない詩織と だんだん孤立感を深める亜紀の対比が鮮明になっていく。初演時は「女子高」という設定だったようだが、本作では共学にした妙味が随所に表れている。

    吉野花子は幽霊だが、みんなに見えている。その姿は明るく愛らしい。学校の怪談 そしてトイレの花子さん ともなれば違った印象をもつ。しかしトイレ掃除を楽しみ、時に箱馬の上で歌う。終盤はトイレの神様(烏枢沙摩明王)まで現れて奇々怪々(コメディタッチ)な世界観へ。花子さんの人物背景や どうして亡くなったのか が描かれていない。物語は 孤独を好む(自分のテリトリーを確保したい)女子高生、しかし どうしても苛めを苦にしたトイレ閉じ籠りを連想してしまう。吉野花子にみるキャラクラーとのギャップが…。もう少し彼女自身について語ってほしかった。
    次回公演も楽しみにしております。

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    2026/03/07 00:22

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